最悪 短文



 うつらうつらと浅い眠りの淵を彷徨っていたカイジは、ハッと我に返って枕許の携帯電話を手繰り寄せた。
 ディスプレイに表示されている数字の並びを見て、盛大なため息をつく。

(年、越してんじゃん……)

 バイト先のコンビニの経営悪化によるシフト削減のため、カイジは実に数年ぶりに、働きながらの年越しを回避できたのだ。
 しかし、自宅でのんびりとゆく年くる年を過ごせるというカイジのささやかな期待は、諸般の事情によりあっさりと打ち砕かれ、気がつけば『いつのまにか年を越していた』という、例年となんら変わらない展開で新年を迎えていたのである。


 それもこれもコイツのせいだと、暗闇で光る携帯の液晶にも動じずスヤスヤ眠りこけている男を、カイジは睨みつける。
 深夜にいきなりやってきて、カイジがひとりで呑もうと買ってきた酒や、ゆっくり過ごすための時間や、理性やプライドや精力その他諸々を、容赦なく奪っていったその男。
 例によってカイジは男に振り回され、ああだこうだと口説かれ賺され言い包められて、例のごとく男とベッドに入ってしまっていた。

 事後、どのくらいウトウトしていたか定かではないが、現在時刻から逆算して確実に言えることは、日付が切り替わった瞬間、カイジは男に抱かれてあられもない声を上げていたということである。
 せっかくの、久方ぶりにゆっくり迎えられたはずの年越しの瞬間に、である。

「最悪……」

 低い声でボソリと漏らし、カイジはまったく起きる気配のない諸悪の根源のやたら高い鼻を、腹いせにギュッと摘む。
 よほど深く眠り込んでいるのか、動物より敏いはずの男が、細い眉を盛大に顰めながらも、わずかに開いた口から穏やかな寝息を零し始めたのを見て、カイジは思わず笑ってしまった。

(でも、ねぇか)

 心の中でそうつけ加え、カイジは男の鼻を解放する。
 それから、呆れたような、でも幸福そうなため息をひとつ漏らして、心地よい眠りを共有しようとするように、男のそばで深く布団に潜り込んで目を閉じたのだった。






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