送られ狼 短文 カイジさん視点
居酒屋を二軒はしごして、時刻は夜中の一時。
呑んでた店は閉まっちまったけど、まだまだ夜はこれから。
良い具合に酒も回って、好き勝手おだを上げたりくだを巻いたりするオレに、お前が抑揚のない声で相槌を打つ、そんないつものやり取りすら、愉快でしょうがない。
酔いと笑いすぎで潤んだ目線の先にお前がいて、その背後に大きな丸い月が見える。
まだお前とダラダラ呑み続けられると思うと、あのせせこましいアパートへの帰路さえ、月明かりに煌々と輝いているように見えて、オレの足取りは今にも宙に浮かんでしまいそうなくらい、ふわふわと軽かった。
それなのに、お前ときたら。
「それじゃ……、またね、カイジさん」
たったのひとことでオレの気分をドン底まで突き落とすんだから、本当にひどいヤツだと思う。
雷に打たれたような衝撃で、一瞬、頭の中が真っ白になった。
酔いと震えで呂律の回らない舌で、代打ちの予定があるのか、と聞くと、「べつに、そういうわけじゃねえ」とお前は首を横に振る。
「差し迫った予定はない。でも、そろそろ出て行こうと思っていた」
なんだよ、それ。
思わず乾いた笑いが漏れる。
また気まぐれか。出て行こうと思ってたって、よりにもよって、今、それを言うのか。
タイミングが悪いと言うか、とことん空気を読もうとしねえヤツだな、お前。
もうアパートは目の前で、でもお前は部屋に上がるつもりなんて、端からなかったってことか。
もう今日で出て行くつもりだったから、ご丁寧にオレのこと、うちまで送ってくれたってわけか?
もともと潤んでいた視界が、さらにじわりと滲む。
わかってる。お前がこういうヤツだってこと。お前の自由奔放なところに、オレは憧れているんだし。
だからいつもお前に振り回されっぱなしでも、呆れた顔こそすれ、本心では嫌じゃなかった。
だけど、今回だけは……
酔っ払ってるせいもあってか、理性じゃ仕方のないことだと理解できてるつもりでも、感情が追いつかない。
お前に対して逆恨みのような気持ちまで湧いてきて、涼しげな顔を睨みつけるように見てしまう。
それでもまったく動じた風のないお前に、みっともなく悪あがきしたい衝動に駆られる。
お前の背後に見える丸い月。その柔和な姿になぜか、余計に心掻き乱される。
今にも踵を返し、月の見える方向へ立ち去ろうとするお前に向かって、オレは両腕を伸ばし、胸ぐら掴んで引き寄せた。
ああ、こんなことするなんてオレ、やっぱ相当酔っ払ってんな。
深酒が過ぎたか。
きっと翌朝思い出して、後悔するパターンだ。
明日のオレが、これから先の記憶を綺麗さっぱりなくしててくれることを祈ってる。
「……どういうつもり?」
低い声の発する空気の震えが、オレの唇に直に伝わる。
細く眇められた鋭い瞳。
視線で斬りつけるように至近距離で見つめられて、背筋がゾクゾクした。
唾液で濡れた唇を、見せつけるようにゆっくりと舐め、口端をつり上げる。
「オレだって、たまには狼になるんだよ」
素面じゃとても言えないような台詞を吐いて、不敵に喉を鳴らして笑えば、お前はすぐに噛みついてくる。
その飢えた瞳にオレはひどく満足し、獰猛なオレだけの狼に、笑いながら喰われてやった。
終
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