年始・1 ケモ耳しっぽ注意






 バイト上がり、コンビニで軽い買い物を済ませたカイジが店から出ようとすると、後ろから肩を叩かれた。
 振り返ると、佐原がニンマリと笑って立っている。
「お疲れっス。どうっスか? このあと」
 そう言ってグラスをあおる仕草をしてみせる佐原に、カイジは考える素振りすら見せず、すぐさま首を横に振った。
「いや……今日はやめとく」
「えーーっ!? どうしてっスかっカイジさんっどうせ大した予定もないくせにっ……!!」
「うるせえ」
 唇を尖らせてブーブー喚き立てる佐原を、渋面でカイジは一蹴する。

 予定なら、ある。大したことではないかもしれないが、カイジにとっては、そこそこ大切な予定が。

 けれどバカ正直にそんなこと白状しようものなら、目の前のバカがますますうるさく囀るだろうことは目に見えているから、
「……。見たいテレビが、あんだよ……」
 ボソボソと、そんな嘘八百を呟いた。

 ……が、妙に勘の鋭い佐原に、そんなヘタクソな誤魔化しが通用するはずもなく。
 すぐさま胡乱げな半眼でじーっと顔を覗き込まれて、内心嫌な汗をかきつつカイジは後ずさり、「……なんだよ」とぶっきらぼうに尋ねる。

 すると、佐原は諦めたように大きなため息をつくと、あっさりカイジから離れた。
「……しょうがないっスねぇ。次、ぜったい埋め合わせして下さいよ?」
 渋々ではあるが引き下がる様子を見せた佐原に、ホッと息をついたカイジだったが、

「数日ぶりに会う家出少年に、よろしく伝えといて下さいね」
「えっ……!?」

 唐突な佐原の言葉に、思わず驚いたような声を上げてしまった。

『しまった』と慌てて口をつぐむカイジだったが、時すでに遅し。
「やーっぱり。今日カイジさんとこに戻ってくるんスね、少年」
 ニヤニヤ笑いながら指摘され、カイジは激しく動揺し、カーッと赤くなる。

「なっ、なんでお前がそんなことっ……」
「だって、あんたここ最近、帰りにチキン買ってなかったでしょ。だから、正月くらい少年を帰省させたのかなって思ってたんスけど……」
 そこで言葉を切って、佐原はカイジの提げているコンビニの袋に視線を送る。
「でも、今日はひさびさに買ってたから。ひょっとしたらって思って、カマかけてみたんス」
「…………」
「簡単に引っかかるんだもんなぁ、カイジさん」
 可笑しそうにクスクス笑う佐原に、カイジの顔がこれ以上ないくらい顰められた。
「相変わらず、らしくもない溺愛っぷりっスねぇ〜」
「でっ……!! だ、黙れっ、クソっ……!」
 恥ずかしい言い方で揶揄われ、赤い顔をますます赤くして怒るカイジだったが、佐原は恐れた風もなく、ゲラゲラと声を上げて笑った。
「まーそういうことなら、今日はおとなしく引き下がりますから。せいぜい、ふたり水入らずで過ごして下さいよっ」
「っ、おいっ……!」
 カイジが更なる文句を言い募ろうとする前に、佐原はひらひらと手を振りながら、軽い足取りでコンビニを出て行ってしまった。


 間の抜けたドアチャイムを聞きながら、カイジは羞恥と動揺に震える手をぎゅっと握り締め、深呼吸してどうにか気持ちを落ち着ける。
 まったく腹の立つヤツだと苦虫を噛み潰したような顔になりながら、ようやくコンビニを出ると、熱くなった頬に冬の風が心地よかった。


 一月四日。まだ日付が変わったばかりの、深夜。
 今日は正月の仕事を終えた少年が、カイジの家に帰ってくる日である。
 

 佐原の言うとおり、三が日のあいだずっと神社にいた少年と、数日ぶりに会うことになるのだ。
 コンビニを出ても、しばらくの間はムスッとした顔で歩いていたカイジだったが、徐々に歩くスピードが速くなっていくのに併せ、その表情も解けていく。
 逸る気持ちをおさえるように唇を噛み、せわしなく白い息を吐きながら、ほぼ小走りのような歩調で家路を急ぐカイジ。
 右手に提げられた袋の中で、ひさびさに買ったふたつのチキンが、ガサガサと音をたてて仲良く揺れていた。




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