I'm home. 過去拍手お礼



 ちいさな窓から漏れる、あたたかな黄色い光。それを見上げてから、古ぼけたアパートの錆びた階段を上り、目的のドアの前に立つ。
 ノックを二回、しばし待つ。部屋の奥から近づいてくる足音。心なしか、常より軽やかで速いそれに耳を傾けていると、三和土の床を踏む硬い音とほぼ同時に、カチリ。鍵が回り、ゆっくりと目の前のドアが開かれる。


 先ほど見上げた黄色い光を背に、家主ーーカイジが立っている。
 ボサボサの髪、くたくたのスウェット。ノックの音で、訪ねて来たのが誰なのか既にわかっているはずなのだが、警戒心の強い野生の小動物さながらに、そっと顔を覗かせてこちらを窺ってくる。


 つり上がった大きな瞳と、目が合う。
 すると一瞬、ほんの一瞬だけれど、カイジはその表情をわずかに緩ませる。
 甘いお菓子を頬張ったみたいに、とろけたものに変化させる。


 その一瞬の緩みを慌てて繕うように、眉間にきつく皺が寄せられる。
 とってつけたように、不機嫌な顔になる。
 それから、むっつりと引き結ばれた唇が重々しく開かれ、可笑しいくらいぶっきらぼうな声が、「……よぉ」とだけ呟くのだ。




 一連の流れはもはや完全にお定まりとなっていて、いつ何時アカギが訪ねて行こうとも、判で押したようにキッチリと同じリアクションでカイジは出迎えてくれる。
 こうも簡単に予想がついてしまうものなど、アカギにとっては面白くもないはずだった。
 けれど、ことカイジのこの反応に関しては、つまらないどころか何回、何十回と見ていても飽きなくて、それはとりもなおさず、自分がカイジに惚れているという証拠なのだとアカギは実感していた。


 それは存外、悪い気分のするものではない。
 カイジも自分と同じ気持ちでいるということが、不器用に取り繕われた表情や態度から細やかに伝わってくるから、なおさらだった。


 再会の喜びと、すこしの気恥ずかしさ。それらを無理やり押し隠しているような、ぎこちないそっけなさ。
 どんなに時間が流れても、見た目や互いを取り巻く状況が変わっても、家主はずっと変わらぬ態度で出迎えてくれるから、特定の塒を持たないアカギも、この男を訪ねるときは、『戻る』という言葉が自然と頭に浮かぶようになった。




 カイジがムッとした表情で、なんだよっ、と唇を尖らせる。
 黙ったままじっと見つめられ、居心地悪そうに視線を泳がせながら。

 アカギはすこし笑うと、さっきカイジが一瞬だけ垣間見せた、とろけそうな表情をもう一度見ようとして、家に戻った者が使う挨拶を、そっと口にした。






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