好きだよ(※15禁) カイジさんがかわいそう でも甘々

 
 寝息とともに穏やかに上下する裸の肩を眺めながら、アカギはタバコに火を点けた。
 狭いベッドの隣で眠るカイジは、疲れ切ってどこかやつれているようにも見える。
 頬にはいく筋もの乾いた涙の跡。そのせいで、まるで死によって苦しみから解放された人のようにも見える安らかな寝顔から目を逸らし、アカギは吸い込んだ煙を長く吐き出した。


 この部屋を訪れて数日。
 アカギはカイジをこの部屋から一歩も出さず、自身もずっとカイジとともに引きこもっていた。
 そして、昼夜のべつに飽くことなく、カイジの体を求めていたのである。

 喉が涸れるまで声を上げさせ、触れていない箇所がないくらい体の隅々までを愛撫し、硬く閉じていた部分がしどけなく緩んで己に馴染んでくるまで穿ち続けた。
 体位を変える時間も、結合を解くわずかな暇すら惜しく、長時間に及ぶ交わりのほぼすべてを正常位で行った。
 必要最小限の食事しか摂らず、ほとんど会話もないままに、ひたすら繋がった腰を深く強く打ちつけた。
 熱く絡みつく肉の中に自身を埋め、その奥で幾度も果てた。

 理性を手放した、まるで獣のような性行為。
 傍から見れば異様なそれは、アカギがカイジを訪ねたときのお決まりだった。
 無論、カイジが望んでこうなっているわけではない。アカギの方が、どうしてもこうしなければ収まりがつかないのだ。

 先刻など、中を汚した大量の精を掻き出してやっている最中、シーツを掴んで声を耐える姿に欲情し、また襲ってしまった。
 まるで裏切られたように大きく見開かれた目に嗜虐心を煽られ、逃げを打とうともがく体に容赦なく杭打って欲望を注いだ。
 反らせた喉を震わせ、声にならない声を上げて絶頂するカイジを見ながら、淫らな蠕動に扱かれて質量を増した肉棒で、ねっとりと潤う中を掻き回した。

 結局、それからまた一時間ほど交わって、ようやく落ち着いたアカギが自身を抜くと、あえかに震える吐息を漏らし、カイジはそのまま眠りに落ちてしまった。
 そっと足を開かせて中に出したものを掻き出してやっても、今度は眠り続けたまま、反応はなかった。
 ほとんど、気絶に近い状態なのかもしれなかった。





 暫くぶりに静けさを取り戻した部屋で、アカギはひとり、紫煙を燻らす。
 事を終えしばらく経った今でも、ベッドの軋む音とカイジの嬌声が、鼓膜にこびりついているかのようだった。

 カイジに会うたび、まるで儀式のように決まって繰り返されるこの行為。
 アカギはカイジの中に吐精するとき、日々の倦んだ生活の中で体に溜まっていた澱のようなものも一緒に、吐き出していくような感覚を覚えていた。
 己の裡のどろどろとしたものを空っぽになるまで出し尽くすような行為は、アカギにとってもはや単なる性欲処理ではなく、快適に生きるためのサイクルのひとつとして組み込まれつつあった。


 だが、いくら恋仲であるとはいえ、こんな風に一方的な行為にいつも付き合わされているカイジの方は、たまったものではないだろう。
 アカギはいつもカイジが眠っている間に部屋を出てしまうから、まだ直接文句を言われたことはないのだけれど、流石にそれくらい想像はつく。

 カイジのことは好きだ。でも、だからこそ止められない。
 澱みきった欲望をどんなに荒々しくぶつけようとも、泣きながら最後はすべて受け入れてくれるカイジに、実は甘えているのかもしれなかった。

 涙や汗で頬に張り付いた髪をかき上げてやると、濡れた黒い睫毛が微かに動く。
 その繊細な動きを見ていると、ついまた要らぬちょっかいをかけたくなってしまって、アカギは短くため息をつき、ベッドからそっと抜け出した。
 タバコを買いに出ることにしたのだ。

 ……実はパッケージにも鞄の中にも、タバコはまだたくさん残っているのだが、ここ最近外出していなかったし、頭を冷やすのと気分転換を兼ね、外の空気でも吸ってこようと思ったのである。


 下履きを拾って足を通し、ジーンズとブルーのシャツを身につける。
 服を着ること自体が久々で、数日前に脱ぎ捨てられたままだったそれらは、冷たく湿っているように感じられた。

 ジーンズのポケットを探ったが、小銭は入っていなかった。札だけ抜くのも面倒で、アカギはいつも持ち歩いているカバンごと、持って出ることにした。




 玄関を出ると花曇りの空が広がっていた。
 時刻は午前四時。霧のような雨が降り、うっすらと肌寒い。
 この部屋を訪ねたときは、すっきりと晴れ気温も高かったのに、まるで冬に逆戻りしたみたいだ。
 薄暗い部屋の中で、体温の高いカイジとずっと交わっていたから、天候や気温の変化にすら気がつかなかった。
 浦島太郎にでもなった気分だ。アカギは己に呆れつつ、錆びた階段を降りてやわらかな雨の中を歩き出した。
 

 カイジと思う存分寝たあとは、体がやけに軽い。
 濡れたアスファルトの上を滑るように走る車の音、冷えた空気、雨と土の匂い。飽き飽きしていた日常のすべてが、新鮮なもののように感じられる。
 まるで五感がリセットされたみたいな、この感覚がアカギは嫌いではなかった。
 こんな風に溜まった澱みを代謝するため、カイジとの行為はアカギにとって必要不可欠なものだった。

 だが当然、カイジにとっては、そうではないだろう。
 そんなことはわかっている。だからといって謝ったことなど一度もないし、セックスやそのあと与えてくれる感覚も引っ括めてアカギはカイジのことが好きなのだが、本人はそんなの知ったことじゃないだろうし、それに、仮にも恋人なのである。
 いかな悪漢でも、多少の労りの気持ちくらい湧こうというものだ。


 アパートの近くにタバコの自販機があるのだが、アカギはあえて、コンビニまで足を伸ばした。
 朝な夕な離さなかったカイジを、すこしでも長くひとりで静かに寝かせておいてやろうと、アカギなりに気遣っているつもりなのだ。

 自動ドアが開くと同時に、若い男の店員が、いらっしゃいませ、と無愛想な声で言った。
 カイジ以外の人間の声を聞くのも数日ぶりだ。
 アカギしか客のいない閑散とした店内に、場違いなほどハイテンションな有線が流れている。
 タバコを買ってすぐに出ても良かったが、アカギはさして興味もない雑誌を立ち読みなどして、三十分ほど時間を潰してから、帰路についた。








 細かな雨は依然として止む気配がなく、全身をしっとり濡らしながらアカギはアパートに戻った。
 ガチャリと音をたてて玄関の扉を開けたところで、カイジがまだ寝ていることを思い出し、後ろ手でそっとドアを閉める。
 すこし濡れてしまったが、これくらいなら拭わずとも構わないだろうと、髪も服もそのままに部屋へ上がる。

 足音を忍ばせて居間に向かうと、意外なことに、カイジはベッドの上に半身を起こしていた。
 つい今しがた目覚めたところなのだろう。裸のまま、ぼんやりと虚空を眺めている様子のカイジに、部屋の入り口からアカギは呼びかける。

「カイジさん」

 その瞬間、カイジの肩が大きく揺れ、傷のある顔が弾かれたようにアカギの方へ向けられた。
 驚いたようなその表情を見て、アカギもまた、軽く目を見開く。

「……お前、戻ってーー」

 掠れきった声でそう呟いたカイジが、泣いていたからだ。
 見間違いかと、アカギは一瞬我が目を疑ったが、そうではなかった。

 大きな目を潤ませ、鼻を赤くして、頬に新しい涙の筋をいくつもつけて、恋人は確かに、泣いていたのだ。
 アカギが言葉もなくその場に立ち尽くしていると、ハッとしたカイジは慌ててゴシゴシと顔を拭い始めた。
 
 これはアレルギーのせいだのなんだのと、聞かれてもいないのに苦しい言い訳をしながら、必死に誤魔化そうとしているカイジに、アカギは目を眇める。

 自分が出て行ったのだと思って、泣いていたのか。
 声をかけたときの驚いたような表情と、その後の台詞から考えると、そうとしか考えられなかった。
 恐らく、いつも持ち歩いているカバンごと姿を消したから、もう戻らないものだと思い込んでしまったのだろう。

 あれほど身勝手に抱かれ、さんざ欲望をぶつけられた挙句、事切れるようにして眠っていたくせに、自分が出て行ったことを知ると、こんな風に泣くのか、この人は。
 ……今までも、同じように泣いていたのだろうか?


 無言のまま、アカギはカイジに近づく。
 その距離がもどかしいとでもいうように、あっという間にベッドの上へ乗り上げると、すこし怯えた目をする相手を無視し、後頭部を引き寄せて唇を塞いだ。

 くぐもった声すら飲み込むように、強引に舌を絡める。
 肩を押さえて押し倒すと、ようやく状況を把握したらしいカイジが慌てて身を捩ったが、もう、遅かった。

 あんな姿を見せられてしまっては、せっかく回復したはずのアカギの理性だって、一たまりもなく。
 それでも、せめてもの労りのつもりで、ベタベタに濡れた頬にいくつもキスを落としながら、今まで会話すらほとんど交わさなかった行為の中で初めて、「好きだよ」と伝えてみる。
 そして、赤く潤んだ目を大きく瞠る恋人の中に、ふたたびアカギは躊躇いなく身を沈めたのだった。






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