終末婚 カイジさん視点 カイジさんがネガティブ



 左手を取られ、手の甲に唇を落とされる。
 わざとらしいほど恭しい仕草。ぞっとするくらい似合わない。する側のコイツも、される側のオレも。
 むさ苦しい男ふたりで、傍から見たらさぞ滑稽な光景だろうと、見る人などいないふたりきりの部屋の片隅で思う。

 アカギは上目遣いに、じっとオレを見つめてくる。切るようなその瞳が悪戯っぽく光るのを見て、オレは顔をしかめた。
 人の嫌そうな顔を見て、愉しんでいるのだ。いい趣味してんな。

「なに、ニヤついてんだよ」
 棘のある言葉を投げつけると、アカギはますます愉しそうに低く喉を鳴らし、指の付け根の傷痕に唇を這わせてきた。

 いびつに皮膚の引き攣れた継ぎ目をぐるりと舌でなぞられ、不覚にも背筋が粟立つ。
 濡れた感触が指の根本を囲み、そこだけひんやりする。
 まるで、金属で出来た輪っかでも嵌めているかのように。

 人の弱点を見抜くのに長けたコイツのことだ。縫合の痕が他の部分より敏感なことに勘づいていて、こんなことをしているのだろう。
 それがわかっていても、儀式めいた男の仕草に緊張してしまう。
 オレは密かに深呼吸した。


 この世の終わりみたいな気分だった。まさかコイツと、こんなことになっちまうなんて。
 男。しかも、博奕狂いの異端者。その上、異常なまでの死にたがり。
 なにもかも、真っ当からかけ離れ過ぎた恋だった。
 恋、だと認めたくすらなくて、ずいぶんと長いこと頑なになっていたし、必要以上にコイツを避けようとしていた時期だってあった。

 それでも、心が勝手に惹かれていくのを、止められはしなかった。
 抗えるものならば抗いたかった。だけど、無理だった。
 眩いまでの才気の輝きと、狂おしいほど刹那的な生き様。冷静さの裡に秘められた、焦げ付くような熱。
 それから、偶に見せる可笑しそうな笑顔だとか、思ったよりやわらかい物腰だとか、子供みたいな寝顔だとか。
 そういう瑣末な要素さえ、知れば知るほど深みに嵌まるように、好きになってしまった。



『好きだ』と言われた瞬間、心が踊った。
 そのあとすぐに、苦しくなった。

 会うときはいつだって、『これが最後』である可能性が頭をよぎらない時はなかった。
 そんなヤツと関係を持ったが最後、常に心配や喪う恐怖と葛藤しながら過ごすことになることは明白だった。

 胸が苦しくなるくらいの喜びと、それと同じくらいの絶望が綯い交ぜになる。
 恋が叶ったとは思えないような、ひどい気分だった。
 まるで悪酔いしたみたいで、成就がこんなにも辛いものが、果たして恋と呼べるのかと、疑問に思ったくらいだ。



 カーテンの隙間から漏れる白い光が、空気中に舞う埃をきらきらと光らせ、アカギの白い肌に陰影を刻んでいる。
 オレの指に口付けているアカギの瞳も淡く透け、そこに自分の姿が映っている。
 それだけで、体がぜんぶ心臓になったみたいに、バクバクと脈打った。

 この世の終わりみたいな気分の中、オレは諦めて長く長く息を吐く。
 だって、それでも、この心は男とともに在りたいと叫ぶのだ。
 それはまるで本能のように、制御することも逆らうこともできない願望だった。

 ふいに視界が歪んできて、オレは慌てて目を伏せる。
 こみ上げる涙が苦しみによるものなのか喜びによるものなのか、それすらも、もうわからなくなってきた。

 アカギの舌になぞられた、左手の指の付け根が疼く。
 まるで呪いのようだ。

 喜びのときも悲しみのときも、
 富めるときも貧しいときも、
 健やかなる時も病める時も、
 オレはもう一生、コイツから離れられない。

 深い絶望の中、心は馬鹿みたいに浮き立っている。
 それがあまりにちぐはぐで、なんだか可笑しくなってきて笑ったら、笑い声を奪うようにキスされて、また、涙が出た。






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