ゴミ出し・1 ただの日常話



 手の甲の静脈がくっきり青く浮き出るほどに、渾身の力を込めて握り締められているカイジの右手。
 それに対峙するアカギの右手は、やる気なさげに五指がだらんと開かれていた。

 見開かれた大きなつり目と切れ長の双眸が、前へと差し出された互いの手を見つめ、同時にひと言。

「オレの勝ち」
「くっ……! ぐっ……!!」

 抑揚のない呟きと、歯軋りの音が重なり、かくして、カイジからアカギへと持ちかけられた『ゴミ出しじゃんけん』の勝敗は決した。


「たまにはお前も、ゴミくらい出せっつーの……」
 ぶつくさ言いながらカイジはベッドから飛び降りると、茶色のハーフパンツを履き、素肌の上に黒いTシャツを身に纏う。

 べつにふたりは同棲しているわけではないし、形式上はカイジがアカギに宿を貸してやっているのだとはいえ、アカギは毎度、家賃以上の金を宿代としてカイジに渡しているのだから、『たまにはお前もゴミくらい出せ』というのは、かなり図々しい主張である。

 だが、アカギはそんなカイジの言葉など気にした風もなく、ハイライトに火を点けた。
「見苦しいぜ、カイジさん。あんたからふっかけてきた勝負だろ」
 上半身裸でベッドに腰掛けたまま、悠々とタバコを吹かすアカギを、ぐうの音も出ないカイジはキッと睨みつけると、わざとらしいほど大きな足音を立ててキッチンへと向かった。


 ゴミ箱の蓋を開け、生ゴミの饐えた臭いに顔を顰めながら、ゴミ袋の口を縛る。
 男の独り暮らしは、ついゴミを溜めてしまいがちだ。加えて、カイジは必要に迫られなければ自炊というものをしないので、コンビニ弁当やカップ麺の容器など、嵩張るゴミがとても多い。
 さらにここ数週間、バイトのシフトが不規則だったせいで、起きたときにはすでにゴミの回収が終わっているいう事態に幾度も遭遇した結果、半透明の大きなゴミ袋が、四袋もいっぱいになってしまった。

 さして重くはないが中身がパンパンに詰まったゴミ袋を、右手にふたつ、左手にふたつ、カイジは提げようとしてみたのだが、どうにも持ち辛いし動きにくい。
 しばらくゴミ袋と格闘したのち、カイジは引き戸の陰から居間へヒョッコリと顔を出し、ヘラヘラとわざとらしい笑みを浮かべてアカギに声をかける。
「アカギ。悪ぃんだけどさ、半分ーー」
「断る」
 言葉の途中でピシャリと断られ、下手に出ていた態度もどこへやら、「鬼っ……!! 悪魔っ……!!」などと口汚く罵るカイジであったが、アカギはそんなものどこ吹く風である。
「早く出しに行きなよ。臭うから」
 紫煙を燻らせながらつけつけとそんなことを言うアカギを、カイジは再度恨めしげに睨みつけたあと、ドスドスと足音響かせてキッチンに引っ込んだのであった。



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