白昼堂々(※18禁) 本番なし、脱いですらいない


「ホテル」

 頬杖ついて対面に座るアカギがそんなことを口走ったので、カイジは切り分けた肉を口に運ぶ手を止め、相手を睨みつけた。

「お前……今何時だと思ってやがんだよ……」
 呆れた声でそう返すと、「たまには広いベッドでするのもいいかなって、思って」などとアカギは宣い、
「あんたが『どこ行きたい?』なんて聞くから、思いついた場所、答えただけなんだけど」
 と、ちょっと鼻白んだような顔で付け加えた。


 大型連休ど真ん中。正午を回ったばかりのファミレスは、家族連れでいっぱいだった。
 しかし埋まっていくのは専ら禁煙席ばかりで、カイジたちの座っている喫煙席は、ビジネスマンの姿が少ない分、むしろいつもより空いている。

 カイジとアカギは壁際のソファ席に座っており、他に客はたったの三人、ふたりからは十分離れた席に点々と散らばっているだけだけれども、だからといって開けっ広げに『ホテル』だの『広いベッドでする』だのという言葉を、ファミリーのつくレストランで飛び交わせていいはずもない。

 カイジは軽く咳払いして、声のトーンを下げた。
「却下だ、却下……なんでこんな晴れた連休中の昼間っから、薄暗い部屋に野郎二人で閉じ込もらなきゃなんねぇんだよ」
 一蹴するカイジを、アカギは鼻で笑う。
「そんなこと言って、あんたが行きたいのもどうせパチンコ屋なんだろ。薄暗さなんて、そう変わらねえじゃねえか」
 図星を指され、カイジはうっと言葉に詰まる。

 宙で固まっていたフォークを緩慢に動かし、口に運んだステーキ肉を難しげな顔でもぐもぐと咀嚼し、飲み込んでから、カイジはまた口を開いた。
「……パチ屋は、ホテルと違って……、に、賑やかだろうがっ……」
 子供のような拙い反駁しか出てこないカイジに、アカギは意地悪く口端をつり上げる。
「賑やかさなら、あんたの声だって負けちゃいないぜ」
 カイジは一瞬固まったあと、目を怒らせてアカギの方へ身を乗り出した。
「お前なぁっ……! そういうことを、ぬけぬけとっ……!!」
 怒鳴ってから、すぐにハッとした顔になり、ソロソロと周りを窺う。
 幸いにして誰も自分たちに注目していないとわかると、カイジはホッと息をつき、忍び笑いに肩を揺らすアカギにフォークの先を向けて言い放った。
「とにかくっ……! ホ……には、行かねぇからなっ……! オレは今、そういう気分じゃねぇんだよっ……!!」
 つけつけと棘のある口調で言いたいことだけ言ってしまうと、カイジはフォークとナイフを持ち直してステーキを切り崩す作業に集中し始める。

 アカギの奢りだからと、意気揚々と注文したサーロインステーキ定食は、熱々の鉄板の上でぴちぴちと油の飛沫を跳ねさせている。
 いまいち腹の減っていないアカギの注文したアイスコーヒーが、その熱気に気圧されたかのように、カランと氷の崩れる音をたてた。

 怒ったような荒々しさでもりもりと肉を食うカイジを、アカギはしばらく黙って眺めていたが、やがてなにかを思いついたかのように、ニヤリと笑った。

「つまり……今すぐあんたをその気にさせてやりゃあ、いいんだよな」
「……あ?」

 切り分けている肉から視線を上げようともしないカイジから目を逸らさぬまま、アカギはやや姿勢を崩し、ソファの背凭れに背を預けるようにして浅く腰掛ける。
 そして、テーブルの下で右足の靴を脱ぎ捨てると、白い靴下の爪先を、そっと持ち上げた。



「……ん?」
 テーブルの下で右膝になにかが触れ、カイジは怪訝そうに眉を寄せる。
 膝頭をすりすりと撫でられ、それがアカギの足だとわかると、口いっぱいに頬張った肉を噛みながら、行儀悪く問いかけた。
「お前、なに、」
 してんだよ、と続けようとして、カイジはギクリとする。
 靴下に包まれたアカギの爪先が、膝から先へ進み、太腿を大きく撫で摩り始めたからだ。
 弾かれたように目線を上げれば、意図的に細められた鋭い目と目が合って、とてつもなく悪い予感にカイジは息を飲んだ。

 慌てて足を閉じようとするも、明確な意思を持って蠢くアカギの爪先に、強引に割り開かれる。
 腰を引いても、長い足は難なくカイジの股の間に滑り込んできて、太腿の奥のもっと際どい部分を、ジーンズの上から撫で始めた。

 頭がカッと熱くなって、反射的にカイジは立ち上がろうとする。しかしそれよりも一瞬早く、白い靴下の爪先がカイジの中心をぐりっと踏みつけた。

「……!!」

 遠慮の欠片もない力の入れ具合に、踏み潰されるのではないかという恐怖がじわりとカイジの心を侵食する。
 手で掴んで止めさせようとするも、軽く触れただけで爪先にぎゅっと力を込められ、断念せざるを得なかった。
 無理に引き剥がそうとでもしようものなら、速やかにイチモツを潰されてしまうだろうということが、容易に想像できたからだ。

 結局、逃げ道を奪われてしまったカイジは、額に冷や汗を浮かべながら対面に座る男を睨めつける。
 視線で射殺さんばかりのカイジの三白眼を見て、アカギは顎を上げて挑発的に笑うと、右足を動かし始めた。

 口に含んだまま碌に咀嚼していなかった肉の塊を、唾液とともにカイジはゴクリと飲み下す。

 アカギは実に器用に、爪先だけでカイジの股間へと愛撫を加えていった。
 ジーンズの硬い生地の奥、やわらかくデリケートな部分を探り当て、形を浮かび上がらせようとするみたいになんども往復し、艶かしい所作でなぞる。

 目線を下げれば自分の股間で不穏に動く爪先が見え、カイジはもぞもぞと身じろいではしきりに辺りを気にする。
 生きた心地がしなかった。誰ひとりこちらを見ていないとはいえ、誰かがなにかの用事で立って自分たちの方へ目を遣りでもすれば、それでアウト。一本足のちいさなテーブルは、その下で不自然に伸ばされているアカギの足を、ほんのすこしも隠してはくれない。

「やめろって、このアホっ……!!」
 周りをチラチラと窺いつつ、小声で吠えるカイジに喉奥で笑い、アカギは囁くように言い返す。
「どうしたの、カイジさん。手が止まってるぜ」
「う……っ」
 急に股間を弄る動きが大きくなって、カイジは思わず呻いた。

 尋常ではない状況に気もそぞろなカイジの意識を、無理やり下半身へと集中させるような愛撫。
 布越しのもどかしい刺激が今さらのように襲いかかってきて、カイジは猫背をさらに丸めて唇を噛む。

 アカギは靴下の中で指を広げ、徐々にくっきりと浮き出てきたカイジのモノを、ゆったりと扱くように上下させる。

「早く食わないと、肉、冷めちまうぜ?」

 わざとらしく首を傾げて言われ、目の前の男への腹立しさは募る一方だけれども、大胆さを増す動きに体の方は他愛なく翻弄されつつあって、カイジの手はフォークとナイフを、拳が白くなるほど強く握り締めることしかできない。

 忿怒の形相で睨みつけてくるカイジの目を確と見返しながら、アカギはおもむろに手を伸ばし、テーブルの上で汗をかいているアイスコーヒーのグラスを取る。
 張り出した亀頭あたりを指の腹でくりくりと刺激しながらストローを咥え、カイジの口から低い唸り声が上がると、透明な細い管を甘く噛んで笑う。

 悪魔めいたその笑みが生理的な涙にぼやけてきて、カイジはどうにか己を落ち着かせようと大きく息をついた。
 しかし絶えず続く摩擦で大きく膨らみつつある自身は、下穿きの下で窮屈そうに熱く脈打っており、そこから気を逸らすことなど到底できそうにもなかった。

 いつの間にか、空調の行き届いた店内でひとり、カイジは汗だくになっていた。
 着ている黒いシャツの、草臥れた首回りが一段濃く染まっている。

 アカギの手中でグラスが水滴を滴らせるのに呼応するように、カイジの額から流れた汗も、輪郭を伝って顎の先から次々と、テーブルの上にぽつり、ぽつりと滴り落ちていく。
 異様に喉が渇き、カイジは唾を飲み込んだ。

 テーブルにフォークとナイフを置き、水の入ったコップを引き寄せようとしたが、手が震えてそれを倒してしまった。
 幸い、コップの中身は半分以下しか残っていなかったため、テーブルはすこし濡れただけで済んだが、問題は音だった。

 コップの倒れる高い音が響き、喫煙席にいるすべての客が、反射的にふたりに注目する。
 カイジは針の筵にいるように、ちいさくなって汗をかき、ひたすらうつむいていた。
 店内に流れるラウンジ・ミュージックと、それをかき消す人々の雑多な話し声が、やけに遠く聞こえる。

 ふたりの座るソファ席に視線が集中していたのはほんの一瞬のことだったが、その一瞬がカイジには永遠のように長く感じられた。
 周囲の視線が興味を失ったかのように逸らされると、カイジは強張った体をようやく緩め、ホッと息をつく。

 だがその弛緩したところへ、強烈な股間への刺激がやってきて、カイジは目を見開くと、びくんと体を仰け反らせてしまった。

「あ……ッ!」

 震えながら漏らした声は、昼間のファミレスには明らかに相応しくない、妖しく濡れたものだった。
 そして一度声を出してしまうと、もう自分では抑えようもなく、カイジは自分の口を掌で塞いで、どうにか声を漏らすまいと必死になる。

「ぁ……くっ、ぅ、んんっ……」
 押し殺しきれない嬌声を指の隙間から溢れさせながら、前屈みで悩ましげに体をくねらせるカイジ。
 傍から見れば腹痛でも耐えているように見えるだろうが、そうでないということは、隠しきれない劣情の滲む表情を見れば一発でわかってしまうであろう。

 寄せられた太い眉、真っ赤に熟れた頬、潤んで光る瞳、滝のように滴り落ちる汗。

 アカギの座っているソファの背側がちょうど禁煙席との仕切りとなっており、透明なガラス一枚隔てた向こうには、たくさんの家族連れが賑やかに昼食を楽しんでいる。
 そんな中、テーブルの下で男の足に性器を弄ばれ、物欲しげにも見える表情を晒すカイジの、ふしだらな姿にアカギは目を細めつつ、ゆっくりとアイスコーヒーを飲み下す。
「気持ちいいんだ……カイジさん、やらしい」
 潜めた声で嘲りながら、すっかり鎌首を擡げた肉棒の先、粘ついた液体で下穿きを湿らせているであろう鈴口を親指でぐりぐりと捏ね回すと、カイジはふるりと体を震わせる。
「あ、アカ、もうーー、」
 これ以上されたら出てしまいそうなのだろう、切羽詰まった声でたどたどしくカイジが訴えた、ちょうどそのとき。


「ーー端の方の席にしようか」

 喫煙席の入り口の方でそんな声がして、カイジは凍りつく。
 声のした方にぎこちなく視線を送れば、スーツ姿の二人の男がふたりのいる方に向かってまっすぐ歩いてくるのが見えた。

 アカギにも当然、その姿は視認できるはずだ。
 だが、なにを思ったかアカギは悪い笑みに顔を歪めたまま、足の動きを止めようとはしない。

 焦燥に駆られ始めたカイジは、乱れた息の下、アカギを必死で止めようとする。
「あ……っ、ア、ホっ……! アカ、やめ……ッ、ん……」
 喘ぎ混じりの声に重なるようにして、近づいてくる足音。
 あのふたりに、クロスなど遮るもののないテーブルの下をちょっとでも覗かれれば、それで終わり。
 同じ並びの席に座られれば、一分もかからず確実にバレてしまうだろう。

 信じられないものを見るような目つきでカイジはアカギを見るが、アカギが悪辣な表情を崩さないのを見て取ると、絶望したようにその表情を歪めた。
「う、そだろっ、なぁ、ア、カギ、っあっ、ぁっ……!」
 先ほどまでの強気な表情とは打って変わって、仔犬が鼻を鳴らすみたいな憐れっぽさで縋りついてくるカイジ。
 その濡れた眼差しに、アカギはひどく愉快そうに笑うと、爪先で強く怒張の先端を踏みつけた。
「……ふ、ッ!!」
 ビクンと体を跳ねさせ、上がりそうになった大きな声をすんでのところで飲み込んだのを見届けてから、アカギはサッと足を退け、テーブルの下で靴を履き直す。
 それとほぼ同時に、ふたりの二つ隣の席にスーツ姿の二人連れが着席した。

 間一髪、ギリギリのタイミングだった。客は早速メニューを開きつつ、連休中なのに仕事だなんだとぼやき合っている。
 それを横目でチラリと見遣ってから、アカギは対面に視線を戻し、言ってやった。
「……バレてないみたいだぜ。よかったな」
 しかし、いちばんに周りの目を気にしていたはずのカイジは、そんな声まるで聞こえていないみたいに、虚ろに潤んだ瞳で、上がった熱い呼吸をひたすら繰り返していた。

 テーブルの上には、すっかり冷めてしまったサーロインステーキ定食。
 奢りだからと張り切って頼んでいたはずのそれすら、官能に呑まれて存在を忘れてしまったかのような様子の恋人を、視線で舐めるように見つつ、アカギはアイスコーヒーを飲み干した。

 ズッ、と短く氷の音がグラスから鳴ると、それに反応して、カイジの目がようやくアカギを見る。
 くつくつと笑いながらソファに深く掛け直し、アカギは水滴に濡れそぼったグラスをテーブルに置いた。

「で……、これからどこ行きたい? カイジさん」

 頬杖つきながら、先ほどかけられた問いをそっくりそのまま訊き返せば、カイジは恨めしげにアカギを見て舌打ちしたあと、わかりきった答えを、渋々口に出したのだった。





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