夏風邪・8

 外で騒がしく囀る雀たちの声に、少年はふっと目を覚ました。
 もぞもぞと身じろいで前を見ると、間近で向かい合って眠る想い人の顔がある。
 起き抜けのぼんやりした頭で昨晩のことを思い出し、少年はカイジの寝顔をじっと注視した。

 部屋の灯りをつけていないからハッキリとはわからないが、昨日より血色は良さそうに見える。
 かといって、一昨日のように燃えるような顔色でもなく、ほんのりと頬に赤みがさしている程度だ。
 寝息も穏やかに凪いでおり、耳を澄ませても、あの嵐のような嫌な音は聞こえてこなかった。

 寝汗がひどく、昨夜額に貼ってやった冷えピタが剥がれ落ちそうになっている。
 ぬるくなったそれをカイジの額から取り除き、少年はそっとそこに手を当てる。
 掌で感じる体温は昨日よりぐっと下がっていて、いつものカイジの平熱に近くなっており、少年は軽く息をついた。

 ……と、そこでカイジが太い眉を寄せて低く唸り、重たげな瞼をゆっくりと持ち上げる。
 うすく開いた双眸でぼんやりと少年の顔を視認したカイジは、距離の近さに驚いたように、ビクッと目を見開いた。
「あっ、お、お前ーー」
 その声はガラガラに枯れてはいたが、ただ風の抜けるようだった昨日とは違い、ハッキリと音が戻っていた。
「……体、大丈夫?」
 少年が問いかけると、なぜか呆然としていたカイジはハッと我に返り、慌ててこくこくと頷いてみせる。

 どうやら、それは嘘ではなさそうだ。
 そう見て取った少年は、無意識に緊張させ続けていた表情を緩め、心の底から安堵したように、ホッと息をついた。
「よかった……」
 和らいだ目許。
 淡く口角に刻まれた笑みを、カイジは息を飲み、呆気にとられたように見つめていたが、
「? ねぇ、どうかした?」
 不審そうに顔を覗き込まれ、狼狽えたように目を逸らした。
「なっ……なんでもねぇよっ……!!」
 取り繕うような明るい口調に、少年は内心首を傾げつつも、額に当てた手を滑らせ、カイジの頬を撫でる。

 かさついた感触と、いつもよりほんのすこしだけ、高い体温。
 それらを確かめるように何度も掌でなぞっていると、まるで熱がぶり返したかのように、カイジの顔がカーッと赤くなっていった。

 少年はわずかに目を見開いたが、カイジはせわしなく視線をウロウロさせながら、妙なハイテンションでヘラヘラと笑う。
「おっ……、お前のその姿、見るの久々だなっ……!!」
「……え?」
 怪訝そうな少年を無視し、カイジは早口で捲したてる。
「お前最近、頑張ってたもんなっ……! 良かったじゃねえか、それで多少は神さまらしくーー」
「ちょっと、待ちなよ」
 明らかに様子のおかしいカイジに、少年は細い眉を寄せた。
「あんたはいったい、なんの話をしてるんだ?」
「……は?」
 少年が問いかけると、カイジはぽかんとした顔で、瞬きを繰り返す。
「お前ーー、まさか、気づいてねえのかっ……!?」
 素っ頓狂な声に、少年の眉間に刻まれた皺が、ますます深くなった。






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