ほしいもの・4


 カイジは知恵を振り絞り、そこからさらに考えを発展させる。

 自分の持ち金の額を知らないアカギが、この勝負を持ちかけてきたこと。
 ここに、なにか重大な意味が隠されている気がする。

 アカギはきっと、カイジが購入できないような商品を答えとして定めるような、無粋で興醒めな真似などしない。
 逆に考えれば、カイジの全財産、その残高がどんなに少額であっても、手に入れられるもの。
 それこそが、答えである可能性が高い。

 しかし……果たして、それはいったい、なんなのだろうか?
 店内でいちばん安価な商品は、おそらく駄菓子コーナーの隅っこに置いてある、一個十円のガム。
 しかし、アカギがそんなもの欲しがるとは、到底思えない。

 カイジは入り口付近をうろうろし、唸りながら考える。
 アカギの欲しいもの……素寒貧の自分でも、確実に手に入れられるもの……
 カイジは必死になって考えるが、さっぱり思いつかぬまま、時間だけが過ぎてゆく。

 先ほどからチラチラと確認している腕時計の針は、ゲームスタートからすでに十分が経過したことを示している。
 相変わらず暢気な様子でタバコをふかしているアカギの姿が視界の端にちらつき、カイジの心に焦りが募っていく。

 ダメだ、まったくわからない。検討もつかない……
 いや、最後まで諦めるな。粘れっ……!

 弱気になりかける自分を奮い立たせるように言い聞かせながら、カイジはひたすら、脳味噌をフル回転させる。

 そして……残り三分を切ったころ、ある転機が訪れた。

 ドアチャイムが鳴り響き、入店してきた一人の女性。
 大学生らしきその女の子は、店内をきょろきょろと見渡すと、雑誌売り場で立ち読みしている若い男の方へ、小走りに駆け寄った。
「ごめん! 待った?」
「ぜんぜん。おれも、今来たとこ」
 すまなそうに謝る少女に笑顔で答え、男は読んでいた雑誌をラックに戻す。

 どうやら、このコンビニを待ち合わせ場所にしていたらしい。
 昨日見たテレビの話などしながら、仲睦まじく手を繋いで出ていくふたりの後ろ姿をなんとなく見送っていたカイジだったが、自動ドアが閉まった瞬間、突如としてある考えが頭の中でスパークし、まるで雷に撃たれたかのように、目を見開いてその場に立ち尽くした。
(あああ……っ!!)
 体の奥から込み上げてくる叫び声を、喉奥でどうにか押し潰す。

 素寒貧の自分でも、確実に手に入れられるもの。そして、アカギがただひとつ、欲しがっているもの。
 それがなんなのか、ようやくわかったのだ。

(いや……いや、待て。早まるな……)
 気持ちは逸る一方だが、そこで敢えて、カイジは一旦、立ち止まって考え直す。
 焦りを押さえ、冷静になろうと深呼吸する。
 額に手を当て、自分の導き出した答えに違和感がないか、注意深く検討しなおす。
 しかし、考えれば考えるほど、答えはもはや、それ以外にないようにカイジには思われてならなかった。


 しかし、圧倒的閃きを得たはずのカイジは、なぜかそこで火を噴くように赤面した。
 額に当てていた掌をソロソロと下ろし、深くうつむいて口を覆う。
 それから、どうにか目だけを上げ、チラリと窓の外を窺う。
 ゲーム開始後、何本目かのタバコを吸っているアカギは、もうカイジの方を見てはいない。

 アカギの欲しがっているもの。これ以外にはないと確信してはいるのだが、しかし万一間違った暁には、本当に目も当てられない。

 躊躇いにゴクリと唾を飲み下すカイジだったが、その間にも時計の針は、容赦なく進んでいく。
 もう、一刻の猶予もない。

 覚悟を決めるように一度、ぎゅっと目を瞑ると、ままよとばかりに店の出口に向かって一歩、カイジは足を踏み出した。






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