夏風邪・2



 ふたりしてチキンにかぶりつきながら夜道を歩いていると、
「お前、ちょっとずつ成長してるよな」
 ふいに呟くように、カイジが少年に向かってそんなことを言った。
「なんつーか、最近ぐっと神さまらしくなってきたっていうか……天界に帰れる日も、そう遠くは……」
 テンション高くそこまで言って、また『しまった』という顔で凍りつくカイジ。

 ぎこちなく目線を動かして恐々と自分の顔色を伺ってくる同居人に、少年は軽くため息をつく。
「わ、悪ぃ……、でも、オレ……」
「わかってるよ」
 ビクビクと言い訳しようとするカイジを遮って、少年は無愛想な声でボソリと呟いた。

 本当に少年のためを思っているからこそ、カイジは『天界に帰れる』などと口走ってしまうのだ。
 それがわかっているから、少年もカイジのことを責めはしないが、それでも、どうしても不機嫌になってしまうのを止められない。

 神さまの姿をはっきりと視認できるくらい鋭い勘を持っているくせに、傍から向けられる好意にはからっきし鈍感なこの人間に、よりにもよって少年は、恋をしてしまった。

 きっかけは、たぶんきっと、些細なこと。
 決して得手ではないであろう料理を自分のために振舞う姿とか、渋々ながらもちゃんと丁寧にギャンブルを教えてくれるズレたお人好しさ加減とか、悪戯に引っかかって本気で怒るときの大人気ない表情とか。
 もしかすると、初めて出会った日に、『行くとこねぇなら、しばらくの間、ここにいればいい』と声をかけてくれたのも、きっかけのひとつだったのかもしれない。
 
 隣を歩く想い人の顔を、少年はチラリと見る。
 気まずそうな顔でモソモソとチキンを食べ進めているカイジは、少年がなぜ『天界に帰る』という話をすると不機嫌になるのか、恐らくすこしも理解できていない。
 ただ、子供が拗ねているだけ。それ以上の意味なんてないと思い込んでいて、『カイジとずっと一緒にいたい』という少年の真意には、気づく気配もない。

 肝心の想い人がそんなだから、少年は焦れったくなって、結果的にますます子供っぽく振舞ってしまう。
 これ以上、カイジに子供扱いされるのは嫌なのに。

 だから最近は、そこそこ真面目に神さまの仕事をこなして、成長できるよう力を蓄えてきた。
 番になれば、ずっと一緒にいられるってわかったから。
 そして愛情さえあれば、カイジが不老不死の運命を受け入れてくれると知ったから。

 そのために、少年は面倒な仕事を日々せっせとこなして、『同居している子供』としてしか見てもらえない状況から脱却しようとしているのに、カイジがすこしも少年を見る目を改めようとしないから、少年は今みたいにむくれて、そっぽを向いてしまう。
 そして尚更、子供扱いに拍車がかかるというわけだ。

 完全なる悪循環。それを断ち切りたいと思っても、プライドの高い性格が邪魔をして、結果、今のような状況に陥ってしまう。

 険しい面持ちで、少年は毟り取るようにチキンを食べ進める。
 その眉間に寄った皺を、鈍感すぎる想い人が冷や汗かきつつ、横目でチラチラと眺めていた。






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