指輪の痕 アカカイ+佐原 よくあるネタ



「おっ」
 はようございます、と続くはずだった言葉をそこで止め、佐原は丸く目を瞠った。

「……? なんだよ……」
 怪訝そうにしながらも、コンビニ店員の制服に袖を通すのをやめないカイジの、左手の先と顔をまじまじと見比べて、佐原はニンマリと笑う。

「こーれ」
「!!」
 いきなりガバッと抱え込むようにして左腕を取られたので、カイジはちょっとビクッとした。
「なんだっ、いきなりっ……!」
「ふふふ……カイジさんも隅に置けないっすねぇ〜。指輪の痕っすか?」
 そう言いながら、佐原は捉えたカイジの左の掌の、薬指を触る。

 その、第二関節のちょうど上あたりに、なぜか不器用に絆創膏が巻かれているのだった。

「いや〜、あの彼氏さん、意外にマメなんスねぇ〜。指輪なんて」
 佐原の言葉の意味に気づき、カイジはにわかに慌て始める。
「こ、このやろっ、離せ……っ!!」
 力いっぱい引っぺがそうとしてくるカイジに抵抗しつつ、佐原はケラケラと笑った。
「こんなもんで隠そうとするなんて、かわいいなぁ」
「ヤメ、ロっ……! そういうん、じゃ、ねえっ……!!」
「またまたぁ。だーいじょうぶ、ですって! オレ、からかったり、しませんっ、からっ……!」
 狭いロッカールームでガタガタと体をあちこちぶつけ合いながら、佐原はついに、カイジの絆創膏へと指をかけた。

「!! バッカやろ……っ」
 本気で暴れるカイジの反応にますます興味をそそられ、佐原は全力でカイジの腕を押さえつけながら笑う。
「オレにもっ、見せてくださいよっ! ふたりの、愛の、あか……」

 ペリ……と静かな音をたてて絆創膏の端をめくった瞬間、佐原は石化した。

 その隙にバッと手を引っ込め、カイジは右手で押さえつけるようにして左手を隠す。
「み……っ、見たのか……っ?」
 鬼気迫るようすでカイジが問いかけても、佐原は返事をしない。

 その反応で、絆創膏の下を見られてしまったことをほぼ確信したカイジは、耳まで真っ赤になった。
「見たのかって聞いてんだよ、なぁっ……!」
 それでも希望を捨てきれず、半泣きで胸ぐらを掴んでくるカイジから顔を背けつつ、佐原はボソリと言った。

「いや……その……熱烈っすね……」
「!!」
「おかしいなとは思ってたんすよ……昨日のバイトん時は絆創膏なんて巻いてなかったのに、指輪の痕って、たったの一日で出来るもんなのかなって……」
 蚊の鳴くような声でボソボソと言う佐原は、いっさいカイジと目を合わせようとしない。
「てめっ……こ、こっち見やがれっ……!!」
 カイジが掴んだ胸ぐらを引き寄せて怒鳴ると、佐原はふっと疲れたようなため息をつき、ようやくカイジに目線を合わせた。

 その、悟りを開いたような菩薩顔。
「大丈夫っす。オレ、ちゃんと忘れますから。なんも見てない、なんも見てない……」
 あからさまな棒読みで、最後は自分に言い聞かせるみたいにぶつぶつと繰り返す、その様子にカイジはショックを受け、ゆるゆると佐原の胸ぐらを離す。
 すると、佐原は独りでぶつぶつ言いながら、亡者のような足取りで、ロッカールームからそっと出て行ってしまった。

 呆然とその姿を見送ったカイジは、パタンと静かに閉じられた扉の音でハッと我に返る。
 ドン引きを通り越して涅槃に達してしまったような佐原の顔を思い出し、うつむいて額に嫌な汗を滲ませた。

 視線の先には、剥がれかけた薬指の絆創膏。
 その下に覗く、誰が見ても一目で歯型だとわかるような濃い噛み跡を見つめ、カイジは怒りにぶるぶると震えながら、狭いロッカールームを揺るがすような声で叫んだ。

「アーーカーーギーー!!!」



 ……ちょうどその頃、某所で代打ちしていた白髪の雀士が、大きなくしゃみをしたとか、しなかったとか。






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