ゆうえんち・5


 数分後。
 ゴミ箱の隣にうずくまってうんうん唸るカイジの背を、アカギは淡々とさすっていた。

「大丈夫? カイジさん」
 本気で心配しているのかどうか疑わしい声の平たさに、カイジは真っ赤な涙目でキッとアカギを睨めつける。
(この野郎……ッ、誰のせいだと思って……っ!)
 しかし口を開けるとなにかが出てきそうなので、言葉にすることはできない。
(コイツの三半規管、どうなってやがんだよ……っ!)
 もはや遊具ではなく新手の拷問器具と化したコーヒーカップに乗っておきながら、すこしもふらつくことなく平然としているアカギを、カイジは化け物でも見るような目で見つめる。

 青いを通り越してもはや『白い』というレベルの顔色と、きつく寄せられた眉根と、ウサギのように赤く潤んだ瞳を見て、アカギはちょっと首を傾げた。
「……誘ってる?」
 耳元に湿った吐息を感じ、カイジの背筋がぞぞぞと粟立つ。
 憤怒の形相を間近で見て、アカギはクスリと笑った。
「ふふ……冗談、冗談」
 なんか飲みもの買ってくる、と言って立ち上がり、離れていくアカギの気配を感じながら、カイジは力無く瞼を閉じ、こみ上げてくるものと必死に闘っていた。




 それでも、アカギが買ってきてくれたペットボトルのお茶を飲み干す頃には、カイジの体調もだいぶ回復し、歩いて近くのベンチまで移動することができるまでになっていた。

 ショーの行われているステージが近いのか、風に乗って愉しげな音楽や歓声や拍手の音が聞こえてくる。

 ベンチの背凭れに深く寄りかかり、据わった目でそれらを聞き流しているカイジを隣から覗き込むように見て、アカギは問いかける。
「落ち着いた?」
「……」
 石のように押し黙ったまま、カイジは頷きすらしない。
 アカギは苦笑し、立ち上がった。

「そろそろ、次行こうか」
「……は? つぎ?」
 これ以上ないほど眉を寄せ、カイジは思わず聞き返す。
 アカギは静かに頷き、さも当たり前のことのように言った。
「時間的には、次で最後かな」
「お前……」
 カイジは絶句し、腕時計に目を落とす。

 休憩に入ってから、すでに四十分が経過している。
 いや無理だろ、と失笑混じりに言おうとして、カイジは口を噤んだ。


 なぜだろう。今日のアカギはなんだか、いやに愉しそうに見えるのだ。
 いつもよりちょっとだけ、笑顔が多い気がするせいだろうか? あるいは、浮ついた遊園地の雰囲気が、カイジにそう思わせているだけなのだろうか?

 わからないけれども、そのことに気づいてしまったカイジはなんとなく、これ以上文句を言えなくなってしまった。

(ちょっとなら、長めに休憩取っても構わない、って言ってたよな……)

 眼鏡の男性社員の言葉を思い出しながら、カイジはボソボソとアカギに言う。
「……で?」
「ん?」
 じっと見つめられ、カイジは決まりの悪そうな顔で目を逸らす。
「お前いったい、どれに乗りてえんだよっ……」
 一瞬、目を丸くしたあと、アカギはやわらかく口角を上げた。
 背を屈め、ぎこちなく逃げていくカイジの目線を捉えようとしながら、アカギは言う。
「カイジさん」
「……なんだよ……」
「こっち見なよ」
「なんで」
「いいから」
 クスクス笑うアカギに引き下がる気がないことを悟り、カイジは渋々、横目でチラリとアカギの方を見た。

 すると、アカギはくすぐったそうな、眩しげな笑みを浮かべていて、
「ーーありがとう」
 カイジと目線が合うと、素直な声でそう言った。

 カイジと目を合わせるために首を傾けているせいで、やわらかい髪が頬にかかり、それがまるでちいさな子供みたいに見えて、カイジは思わずその表情に見入ってしまう。
 ふたりの間を、そよ風がさわさわと吹き過ぎていく。

(コイツ、こんな顔するんだな……)

 初めて見るアカギの表情に、カイジもなんだかくすぐったくて眩しいような気持ちになって、やたらそわそわしてしまうのを、誤魔化すように大きく咳払いをする。

「行くぞっ……! 時間、ねぇんだからなっ……!」
 乱暴に言って立ち上がるカイジに「うん」と頷き、アカギはそっと、その手を掴んだ。



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