ゆうえんち・4




 ああだこうだと言い合いながらも、飯を奢って貰ったという引け目もあってか、結局カイジの方が折れ、渋々アカギの提案に乗ることとなった。

(野郎二人で遊園地……たまんねぇ〜〜っ!!)

 入り口で配布される簡易マップを見ているアカギから目を背け、カイジはげんなりした顔になる。

 すれ違う人々の目に、自分たちはいったいどう映っているのだろう。
 仲の良い、友人、に見えるのだろうか?

 ただならぬ関係であるということまでは、いくらなんでも見抜かれることはない……とは思うけど……。

「ねぇカイジさん、これーー」
 そう言いながら顔を上げ、隣にいるはずのカイジの姿が消えていることにアカギは気づく。
「……。なにやってんだ、あんた」
 自分の遥か後ろを、周りの目を気にしながらビクビクと歩くカイジを半眼で見て、アカギはため息をついた。
 カイジの方へ取って返し、その手首を無理やり掴むと、情けない悲鳴を無視してさっさと歩き出す。
「行くよ……時間ないんだから」
「ヒィーッ!! わかったっ、わかったからっ……! てっ、手ぇ離してくれえっ……!!」
 涙目で真っ赤になるカイジの懇願が、アカギに聞き入れられることはなかった。





 数分歩いて、ふたりはジェットコースター乗り場の前へとやって来た。
 一番人気のアトラクションだけあって、ショーの最中でもかなり長い列がついている。

 ごうごうと風を唸らせ、甲高い絶叫を背に乗せて縦横無尽に走り抜ける龍のような車体を、アカギはしばらくの間、目で追っていた。

 そののち、なにか言いたげに自分の顔をじっと見つめてくるアカギに、カイジはきっぱりと言い放つ。
「無理。今アレに乗ったら、食ったもんが確実に口から出る」
 無表情で事務的な答えを聞いたアカギの顔に、性悪な笑みが浮かぶ。
「ひょっとして、怖気づいた?」
「……なんとでも言え。オレは自分の体が、いちばん大事なんだ」
 いつもなら一も二もなく噛みついてくるはずのチープな挑発を、遠くを見るような目で受け流すカイジに、アカギはややつまらなさそうな顔をする。

「ふーん……じゃあ、アレはどう?」
 そう言ってアカギが顎で示したのは、ジェットコースターの隣にある、コーヒーカップだった。
「うーん……まぁ、アレなら……ジェットコースターよりは……」
 考えながら言いかけて、カイジはハッと我にかえる。

「いやいやっ……! やっぱ無理っ……!! 野郎同士であんなもん、乗れるかぁっ……!!」
 かわいらしいカップの中にチョコナンと座る自分とアカギの姿を想像し、半袖のカイジの腕にぶわりと鳥肌がたつ。

 猛ダッシュで逃げ出そうとするカイジだったが、未だアカギに掴まれたままの手がびくとも動かず、歯を食いしばってその場で足踏みするだけになってしまった。

「クク……自分を捨てちゃいなよ、カイジさん……!」
 悪い笑みに顔を歪め、アカギは問答無用でコーヒーカップの方へとカイジを引き摺っていこうとする。
「アホーッ!! 捨てたきゃ、お前ひとりで捨てりゃいいだろうがっ……!! おっ、オレを巻き込むなぁっ……!!」
「ふたりじゃなきゃ意味ないでしょ……デートなんだから……」

 当事者の間には、まるで生きるか死ぬかといった風な殺伐とした空気が流れていたが、傍から見ればいい大人が童心に返り、思うさまじゃれ合っているようにしか見えない光景なのであった。







『おとぎの国のリリカル・ティーカップへようこそ! みなさん、素敵なティータイムを楽しんでくださいね!』
 キャストのお姉さんが読み上げるかわいらしいアナウンスを聞きながら、カイジとアカギは向かい合い、今にも吐きそうな顔をしていた。

 無理やりカップの中へと押し込められたカイジはともかく、さすがのアカギも実際乗ってみて初めてこの乗り物の破壊力に気がついたらしく、
「『リリカル』ね……クク……狂気の沙汰ほど面白い……!」
 などと呟いては、額に変な汗を垂らしている。

 そんなアカギから顔を背けるように、カイジはできるだけ深くうつむいていた。
 今コーヒーカップに乗っているのは、なんとアカギとカイジのふたりだけ。このアトラクションの主な利用者である子供たちがほとんどキャラクターショーを見に行っているから、空いているどころか貸し切り状態で座れたのである。

 しかし周りを見渡せば、にこやかに注意事項のアナウンスをするお姉さんや、柵の向こうから見るともなしに中の様子を眺める疲れ切ったお父さんたちの視線が痛く、せいぜい顔を見られないようにうつむくことくらいしか、今のカイジにできることはなかった。

 やがて、けたたましいベルの音が鳴り響き、
『それじゃー、いってらっしゃ〜い!!』
 ひときわ明るいお姉さんの声とともに、コーヒーカップがゆっくりと動き始めた。

 どこか調子っ外れの陽気な音楽が流れる中、まるでお通夜のような沈痛な面持ちでひたすらうつむくカイジの耳に、
「なんだ、これ……」
 というアカギの声が飛び込んできた。

 なんだかとてつもなく嫌な予感がして、カイジが目だけでソロソロと様子を窺うと、アカギはふたりの間にあるハンドルを、不思議そうに触っていた。

 思わず、カイジはガバリと顔を上げる。
「バッ……!! それ、さわんなっ……!!」
 焦った様子のカイジにひとつ瞬きをし、アカギはハンドルを力いっぱい回してみる。
 すると、カップに回転がかかり始め、アカギは目を軽く見開いた。

 すぐさま青い顔になり口を手で覆うカイジを見て、
「クク……なるほどね」
 そう呟いてニヤリと笑い、アカギはハンドルを強く握り込む。

「限度いっぱいまで回す……!!」
「バカヤロウっ……!! よせっ……! よしやがれっ……!!」

 悲壮な表情で止めようとするカイジを易々とあしらいながら、アカギはハンドルをぐるんぐるんと回し始める。

 ふたりのカップはあっという間にフル回転を始め、それでもアカギはハンドルを回す手を止めない。
 遠心力でカップの壁に背中を押し付けられながら、カイジはジェットコースター顔負けの、断末魔のような絶叫を上げた。

「ひいぃ……やめろーっ!! で、でる……ハンバーガーが口から出ちまうぅっ……!!」





[*前へ][次へ#]

17/75ページ

[戻る]