さらす まだ日の浅いふたり



 おまえは、ずるい。

 それは、ふたりきりの静かな部屋の中でも聞き逃してしまいそうなほど、か細く、ちいさな呟きだった。
 荒い吐息に紛れさせるようにして吐き出されたそれを、しかしアカギの耳はきちんと聞き咎め、
「ずるい? って、なにが……?」
 同じように吐息に混ぜてそう聞き返せば、肌をなぞる空気の震えにドキリとした顔をして、悪戯が見つかった子供のようにカイジは口をへの字に曲げた。

 まさか聞かれているとは思っていなかった、というような、苦み走った表情を晒すカイジは、目の前の男がいかに敏いかということを、まだ知らない。
 アカギ相手に下手な誤魔化しなんて通用しないのは鉄火場だけに限ったことではないのだが、まだ深い仲になってそう間も無く、肌を合わせつつ相手のことを手探りしているような今の段階では、それに気づくことができなかったようだ。

 鋭く刺してくるような双眸に見下ろされ、カイジはもぞもぞと身じろいだ。
『抱かれる』ということに慣れていない体は、アカギの下にいるとき、いつも居心地悪そうにしている。
 窮屈な腕の囲いから、はみ出してしまわないように苦心しているようにも見える。
 やわらかで収まりのいい異性の体ではないという、アカギにとってはどうでもいいことをカイジは気にしているようで、それが据わりの悪そうな表情からひしひしと伝わってきて、可笑しくなるほどであった。
 カイジの表情は、ときに言葉より雄弁である。

 不貞腐れたような顔でやたら素早い瞬きをいくつかして、カイジは口を開いた。
「オレは……その、ぜ、ぜんぶ曝け出してるってのに、なんていうか……フェア……そう、フェアじゃないっていうか……」
 モゴモゴと口籠るような要領を得ない呟きも、アカギは聞いた瞬間なんのことを言っているのか理解できたけれども、面白いので知らんぷりを決め込んで、
「なんの話?」
 笑いを堪えてそう問いかければ、白々しいその演技にも、付き合ってまだ日の浅い恋人は簡単に引っかかる。
「お、まえも……」
「ん?」
 舌が縺れてしまったみたいに、ひどく言いづらそうな言葉の先をやさしく促してやると、恨めしそうに低く唸ったあと、ヤケクソのようにカイジは吐き捨てた。
「脱げっ、よ……、お前も、見せろ……、ぜんぶ、曝け出せっ……!」
 つっかえつっかえ言い切ったあと、カイジはなぜか怒ったような息を吐いたが、眼下の裸体がうっすらと汗ばんでいるのが怒りのためでないことが、アカギにはハッキリとわかりきっていた。

 フェアじゃない、ね。
 クスリと笑い、アカギは触れれば火傷しそうに上気したカイジの首筋をなぞる。

 いつも余すところなく肌を曝し、暴かれるのは自分ばかりで、アカギ自身は服を脱ぐこともなく、部分だけを曝して自分と繋がるのが気に喰わないと、カイジはそう言いたいのだ。

 今までたった数度の交わりのいずれもそんな風だったものだから、羞恥心の強いカイジは不満に思ったのだろう。
 だが、アカギが自身の服を脱ぐ暇も惜しむほど性急に己を求められているという事実にまでは、どうやら思い至らないらしい。

『曝さない』ということが、実はなによりも雄弁にアカギの心情を、カイジへの情動の強さを曝していることに他ならないのだ。

 アカギの表情は滅多なことでは揺るがないから、カイジがそれに気づかないのも当然のことかもしれないが、付き合ってまだ日が浅いのが自分だけではないということを、カイジはどうやら失念しているようだ。


 火照った肌をゆるゆると撫でられ、泣きそうな顔で怒っている恋人を諭すように、または甘い毒で籠絡するように、アカギは囁く。
「じゃあ……脱がせてよ、カイジさん。あんたの手で、裸にされたいんだ」
 瞬間、水気の多い瞳が見開かれ、赤く染まった眦がよりきつくなる。
「……ガキが。甘えんな」
「いいじゃない。こんなときくらい、甘えさせてよ」
『年下』ぶるみたいにクスクスと笑ってねだれば、カイジは決して閨で見せるものではないようなひどい渋面になったけれど、それでも聞こえよがしな舌打ちをひとつすると、アカギのシャツの釦に手をかけた。

 きっとカイジも、これ以上アカギに文句を言っている余裕などないのだろう。
 ぷつぷつと、引きちぎるような乱暴さで自分の肌を曝していく日に灼けた手を眺めながら、今のこの時期をいつか懐かしく思うときも来るのだろうかと、アカギはぼんやり考えた。






[*前へ][次へ#]

53/75ページ

[戻る]