燃える アカギ視点 短文



 降り注ぐ金色の朝日に洗われていく風景の中で、そこだけ闇が凝り固まったように堆く積み上がった黒いゴミ袋に、同じく漆黒の羽を震わせながら、四、五羽のカラスがたかっている。

 都会のカラスは図太く、足音を立てて近づいても、ゴミを漁るのをやめない。
 嗄れた鳴き声とともに、生ゴミの饐えた匂いが、鼻の奥を突く。

 複数のちいさな黒い目に注意深く監視されながら、オレはゴミ山の中に深々と埋もれている明らかな異物に向かって、声を投げた。

「今日は、燃えるゴミの日?」

 返事はない。
 その異物はヒトの形をしていて、まるで壊れた玩具のように打ち捨てられ、薄汚れた二本の足を道路に向かって突き出している。

 もちろん、その足の主は燃えるゴミなどではない。
 ここからそう遠くない街に住む、普通の人間だ。


 ただ、その男の魂が、とてもよく燃えるのは事実である。

「とうとう燃え尽きちまったのかい、あんた」

 男が誰にも行き先を告げずに行方をくらまして、その数日後、こんな風にボロボロになって戻って来るのは、もはや日常茶飯事だった。
 オレの知らない場所で、男はその魂を、きっと美しく燃やしてきたのだろう。

 その輝きに思いを馳せていると、二本の足が微かに動き、幽鬼のような呻き声を上げながら、男が体を起こした。

「ゴミ扱いしてんじゃねえ……このアホ……」

 葉擦れのような男の言葉は、ひどく聞き取りにくい。
 顔が原型を留めないほど、ボコボコに腫れているせいだ。

 男から答えが返ってきたことでオレはすこし愉快な気分になり、喉を鳴らして笑った。

「確かに、ゴミじゃねえな。口を利く。……面白そうだから、拾ってもいい?」

 茶化すように言えば、不機嫌そうな口調で、冗談みたいな返事が返って来る。

「……オレは、高ぇぞ」


 その応えにますます気分が高揚して、オレは肩を揺らしながら、ぐちゃぐちゃな男の顔を覗き込んだ。

「元気そうじゃない。あんたのそういうしぶといとこ、好きだな」

 男に向かって左手を伸ばすと、震えながら伸びてきた右手が強くオレの手を掴んだ。

 そのまま腕を引き、痛みに呻吟する男をゆっくりと起こしてやると、ボロを纏ったガラクタのような男の全身が露わになるのと同時に、男の周りを取り囲んでいたカラスたちが、空を打つ羽音を立てて一斉に飛び立った。

 自分ではうまく立てないのか、手を離すとすぐに地面に崩れ落ちそうになる男に、体を近寄せ、肩を貸してやる。
 吐瀉物と血と生ゴミの、最高に胸の悪くなる匂い。

 潰れた顔をさらにしかめ、男は地面に勢いよく唾を吐いた。
 血の混じった唾液の中に、白い歯が転がって陽光にきらきらと光る。

「馴染みの、腕のいい医者がいるんだ。連れてってやる。治療が終わったら、話聞かせてよ。なんだって好きなもの、奢ってやるからさ」

 一歩一歩、男を引きずるようにして歩みを進めながら言うと、男はうつむいて己の影法師を見つめたまま、ぼそりと呟いた。

「……お前、今日よく喋るな」

 ーー嬉しいのさ。あんたがオレの知らない場所で燃え尽きないで、ちゃんと生きて戻ってきたのが。



 心の中でそう答え、オレは
「そうかな」
 とはぐらかして、静かに笑った。




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