AM3:00【その2】 前作の数ヶ月後 下品な話


「あ。そういやカイジさん、彼氏さんに会えたんすか。よかったっすね」

 ロッカールームで制服に着替えている最中、世間話のついでみたいにして佐原が言うと、カイジはものすごく驚いた顔で目を見開いた。
「けっこう、久しぶりっすよね。前はたしか、二ヶ月? いや、三ヶ月前ーー」
「ちょ、ちょっと待て、佐原っ……!!」
 のんびり指折り数えようとしていたところを遮られ、佐原は言葉を切ってカイジを見る。

「お前、なんでそんなことわかんだよ……? オレひとことも、あいつが来たなんて言ってねえよな……?」

 本気で不思議そうに訊かれ、
(あー、この人、気がついてねぇんだ……)
 と、佐原は遠い目をして思った。

 そうだよな……他に指摘しそうなダチとか、いる気配ねえし。
 自分の匂いって、自分じゃわかんないっていうからなぁ。

 そんなことを思いながら、佐原はカイジの素朴な疑問に答えてやろうと、口を開く。

「そりゃ、わかりますって……」
 ーー匂いが違うんスもん。しみついちゃってますよ、ハイライトの匂い。

 そう続けようとして、佐原は言葉を切った。
 それから、息を飲むようにじっと見つめてくるカイジの顔から、視線をスッと逸らして一言、

「……イカ臭えから」

 ぼそりとそう呟き、内心ぺろりと舌を出しつつ、ロッカールームを出て行った。





「おい、ふざけんなよ佐原テメェっ……!! しょうもねえ嘘ついてんじゃねえぞっ……!!」
 すぐに、後ろから怒声が追っかけてきて、佐原はいかにも面倒くさそうに、おざなりな返事をする。
「なんスか。怒るなら、そんな匂いつけた彼氏さんに怒ってくださいよ……」
 わざとらしくため息混じりにあしらうと、カイジは怒ったような、焦ったような形相で食らいついてくる。

「アカギは今、関係ねぇだろうがっ……! それよりかお前、い、イカ……ってのは、もちろん冗談ーー」
「オレがなにか?」

 売り場に出た瞬間、レジのすぐ前から声がして、佐原とカイジは固まった。

 噂をすれば影。そこに立っていたのは、茶色い鞄を提げた赤木しげるその人であった。

「うわ」
「……出た」
 カイジと佐原の口からほぼ同時に、思わず、といった呟きが漏れる。
 そんな声に動じた様子もなく、アカギは淡々と言った。
「どうも。……カイジさん、『うわ』ってなに?」
「は、はぁっ……? 佐原のが、ひでぇこと言ったろうがっ……!!」
 なんでオレだけっ……!? と騒ぐカイジに、

(『なんで』って……そんなん、理由なんてわかりきってることでしょ)

 などと心の中で失笑しつつ、佐原はそそくさと隣のレジへ避難する。
 そして、ふたりのやりとりを横目でこっそりと見守った。


 カイジはなぜか喧嘩腰で、アカギをどやしつけている。
「つうかお前、なんでここに来んだよっ……! オレ、今からシフトだって言ってあったろうがっ……!」
「鍵」
 抑揚のない口調で簡潔に返され、カイジはちょっと面喰らったような顔をしたあと、
「あー……鍵。鍵ね……そうならそうと、早く言えっつーの」
 逆ギレみたいにボソボソと呟きながら、ポケットから家の鍵を取り出した。

「ほらよ」
 差し出された鍵を受け取りながら、アカギは気勢を削がれたような様子のカイジを見て、ニヤリと笑う。
「ひょっとして、『あんたに会いにきた』とか、言ってほしかった?」
「違ぇよ! ……佐原てめぇ、笑ってんじゃねえっ……!!」
 堪えきれずにふたりから顔を背けて肩を揺らし始めた佐原に、カイジは目を剥いて怒鳴る。

 そんなふたりを余所に、アカギはすこぶるマイペースに話を続けた。
「ねぇ、それとさ。さっきちらっと聞こえたんだけど、『イカ』ってなんのこと?」
「う……うるせー! お前もうとっとと帰れっ……!!」
「伊藤さん……、お客さんにそんなこと言っちゃダメっすよ」
「こ、こういう時ばっかマトモな店員っぽいこと言ってんじゃねえぞっ……! つうか笑うなっつってんだろーがっ、さーはーらぁっ……!!」


 年下ふたりにおちょくられ、大人げないカイジの怒声が店に響き渡る。

 こんな感じで、アカギが来たときはいつもよりだいぶ賑やかな、深夜のGMVMなのであった。





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