ハッカ 「コーヒーヌガー」の後日談 カイジさん視点


 差し出したオレの掌の上にコロンと乗せられた、白い楕円形のドロップと、それよりずっと白い髪を持つ赤木さんの顔を、オレは交互に見比べていた。

「俺ぁ菓子には詳しくねえから、知り合いに取り寄せて貰ったんだけどよ。普通の駄菓子屋には、このタイプのはまず置いてないらしいな」
 そう言って朗らかに笑い、赤木さんは手中の缶を揺らしてみせる。

 ガランガランと鈍い音を立てて鳴る四角い缶は、日本人なら誰だって一度は見たことのある形をしていたけれど、馴染みのあるカラフルな色彩の写真や果物のイラストの代わりに、雪融けを待つ山のイラストが描かれていた。

 確かに、このタイプの缶を見るのは、オレも初めてだ。
 結構、好き嫌いの別れる味だと思うのだけれど、こういう商品が存在してるってことは、この味だけ食べたいと思う人も、世の中にはそれなりにいるってことなんだろう。


 しかし、オレはどちらかというと苦手な方で、ちょっとげんなりする。
 すると、目の前の薄い唇が、きれいな弧を描いた。
 してやったり、みたいな顔。
 悪戯の成功した悪ガキのようなその顔を見て、オレがこういうの苦手だって予想がついてて、あえてコレを選んだんだってことがわかる。

 まったく、大人気ないことをする。
 自分のことは棚の上に放り投げ、オレは深くため息をついた。
「……仕返しですか?」
 ぼそりと呟くと、赤木さんは片眉を上げ、心外だ、という表情を作ってみせる。
「なんだ、その物騒な言い方……今日がなんの日か、知らねえわけじゃねえだろ?」
 そう言って、赤木さんはニッと笑った。
「あのキャラメル入りチョコ、なかなか旨かったからな」
 しゃあしゃあとそんなことを言ってのける赤木さんに、自分の表情が険しくなっていくのがわかる。
「嘘つけ」
「本当だって。お前さんの、俺に対する複雑な気持ちがな」
「……うるせえな」
「あんなすごい本命チョコ、生まれて初めて貰ったよ」
「……」
 こんな風に饒舌な赤木さんには、なにを言っても無駄だ。
 黙って視線を逸らし、掌の上の白いドロップを睨む。

 赤木さんは喉を鳴らし、憎たらしく笑う。
「だからこそ、俺もちゃんと『お返し』しようと考えたんだよ」
 考えた結果がコレか。よりにもよって。
「聞いた話じゃ、こういうのって三倍返しが常識なんだろ?」
 ……三倍? いったいコレのどこが、なんの三倍だというのだろう。

 相当訝しげな顔をしていたのだろう、赤木さんはオレを見てクスリと笑い、
「まぁ……食ってみりゃ、わかるよ」
 と言った。

 気分は乗らなかったけど、痛いほどじっと見つめてくる眼差しに急かされて、オレは渋々、掌の上の粉っぽいドロップを、口に含んだ。

 瞬間、鼻から喉へと抜けていく、涼やかな風味。
 思わず顔をしかめてしまう独特の味は、ただ甘ったるいだけじゃない。
 辛くもあり甘くもあり苦くもあるようで、でもやっぱりほんのちょっとだけ、甘さが抜きん出ている。

 唾液を飲み込むと胸がスースーして、心を明け透けにされてしまうような、心許ない感覚になる。
 存在感が大きすぎて、口の中で持て余してしまう。

 やっぱり、苦手だ。目の前で笑う男と同じくらい、苦手だ。
 そこでふと、男の意図する『三倍返し』の意味に気づいちまって、オレはますます、渋面になった。

 気づいた以上、相手の思惑にまんまと乗せられてやるのは面白くないと思うものの、この飴をひとりで食べきるのはオレにとって至難の技であることも、また事実だ。

 オレの仏頂面を、赤木さんは愉しげに見守っている。
「協力、してやるぜ?」
 ニヤリと笑って軽口を叩くその顔を睨みつけながらも、不承不承、オレは赤木さんの方へ体を傾ける。

 そして、バレンタインのときの三倍以上もの長い時間をかけ、白くて甘くてクセの強い味の飴を、ふたりでとろかしていくのだった。





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