ずっと・1  ケモ耳しっぽ注意





 バイトを終えたカイジがコンビニから出ると、学生服姿の白髪の少年が、店の前にいた。

 ときおり、少年はこうしてカイジのバイト上がりを店の外で待つようになっていたのだが、今日はいつもと様子が違う。
 雑誌コーナーの前あたりにしゃがみ込んで、なにかを観察しているようなのだ。
 なんとなく声をかけるのが躊躇われて、カイジはそっと後ろから近づく。

 少年の目線の先を覗き込むと、地面になにか、茶色い塊が落ちていた。
 暗さに眇めた目でカイジがその正体を見極めると、それはどうやら、大きな蛾の死骸のようだった。

 ずいぶんと季節はずれだと思いながら、カイジは蛾の亡骸と、それをやたらひたむきに見つめる少年の後頭部を交互に眺めた。
「……食うなよ?」
 思わず声をかけると、少年はカイジを振り返ってギロリと睨みつけたが、すぐまた蛾に向き直ってしまう。
「なぁ。帰ろうぜ」
 呼びかけに反応はなく、やれやれ、とカイジは内心でため息をつく。

 このマイペースぶりに振り回されるのにも、いつの間にか、慣れっこになってしまった。
 昆虫採集の趣味にでも目覚めたかと、あくびをしながらカイジが少年を見下ろしていると、やがて、
「……人間も、いつかはこうして死んじまうんだよな」
 ぽつりと、そんな呟きが聞こえてきた。

「お前なぁ。いくら人間のこと勉強中だからって、今さらそんな、当たり前のこと……」
 鼻で笑ってやろうとしたカイジだったが、石のように固まったままの少年の様子から、冗談を言えるような雰囲気ではないことを察し、語尾を濁らせる。


 冬真っ只中だというのに、少年は長袖の開襟姿で、そのちいさな背中は、カイジの目に寒々しく映る。
 神さまなので暑さ寒さは感じないのだと少年は言っていたが、少年が気にしなくても、寒そうな格好でしゃがみ込んでいる子供の側にいる自分が、周囲の目にいったいどのように映るのかということの方が、カイジには気になっていた。
「なぁ、いい加減帰ろうぜ? 腹減ったしよ……」
 周りをチラチラと気にしつつカイジが再度促せば、少年は黙ったまま、ようやく立ち上がったのだった。







 アパートまでの道すがら、少年はずっと無言で、なにかを考え込んでいるようだった。
 どこか思い詰めているようにも見えるその横顔に、只ならぬ空気を感じ取り、カイジはひとり、そわそわする。
「あ、そうだ……」
 そこでふと、右手に提げているビニール袋の存在を思い出し、中のものを取り出して少年の方へ差し出した。
「ほら、食えよ。お前コレ好きだろ?」
 わざとらしいほど明るく言えば、少年はカイジの方に顔を向ける。
 だが、緋色の両目は差し出された好物のチキンではなく、カイジの顔をじっと見つめていた。
「ど、どうした……?」
 鋭い視線にたじろいでカイジがちょっと後ずさると、少年はちいさく口を開いた。

「ずっと……」
「?」
「……いや、なんでもない」

 少年は軽く目を伏せ、手を伸ばしてチキンの袋を受け取る。


 カイジは首を傾げたが、少年はそれきりまた口を閉ざしてしまい、結局、言いかけた言葉の続きを聞くことは、できなかった。




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