ゾロ目 ただの日常話
(7っ……7っ……7っ……!)
リーチの派手な演出を目の前に、カイジは丸いハンドルを強く握りしめてひたすら念じていた。
既に左下と真ん中にふたつ、7が揃っている液晶の中。
流れる数字のスピードが徐々にゆるやかになり、騒がしいBGMが消え思わせぶりな効果音に取って代わり、嫌が応にも緊張感を高ぶらせていく。
(さぁ、来いっ……!!)
目を血走らせて数字を追うカイジの眼前で、数字は亀の歩みのごとく、のろのろのろのろ流れてゆく。
そして、ついにカイジの待ちかねた7が右上にやって来て、ぴたりとそこで止まった。
(う、うおお〜〜っ……!!)
カイジは思わず前のめりになり、心中で快哉を叫ぶ。
しかし次の瞬間、強すぎるその気迫に怯えたかのように、7はぴょこっと左にずれ、代わりに8がデンとそこに収まった。
(えっ……? えっ……? ちょっ……)
カイジは呆然とし、なにかの間違いではないかと怪しみ、さらなる演出が始まってふたたび数字が動きだすのを縋るような気持ちで待った。
そんなカイジを嘲笑うかのように無音が数秒続いたあと、『ハイ、切り替え切り替え!』とばかりに、明るい音楽に乗ってすべての段の数字が勢いよく回り出す。
(なっ……! こっ、こんなのありかよっ……!!)
カイジは怒りに顔を赤くし、ギリギリと歯を食いしばった。
ほぼ大当たり確定と言っても過言ではないほど、激アツな演出だったはずだ。
長くこの台を打ち続けているカイジでさえ、今日初めて遭遇したほどのレア演出で、愛読しているパチンコ雑誌でも『確率95%』と太鼓判を押されていたはずなのに。
悪い夢でも見てるんじゃねえのかと、未だ信じられない思いで液晶を見つめる。
しかし当然のごとく、台はなにごともなかったかのように回り続け、もともと残りわずかだったカイジの持ち球は、あっという間に一粒残らず呑み込まれていった。
額に汗を滲ませながら、カイジは犬のように唸り、うんともすんとも言わなくなった台を睨めつける。
正直、今日の持ち金全部ぺろりと呑み込んだこの台を、一発ぶん殴ってやりたいくらいムカついていたが、店員の目があるのでそれもできず、カイジはやるせなさと憤懣をどこにもぶつけられぬまま、黙って席を立つしかなかった。
今日も今日とてギャンブルで負け、カイジはとぼとぼと帰路につく。
途中、最寄りのスーパーでいちばん安価な発泡酒を二本だけ買い、ボロアパートのむさ苦しい部屋へと帰る。
安かろう悪かろうといった味の発泡酒をチビチビと啜りながら、別段、面白くもないテレビをぼんやりと眺める。
途中、漫画を読んだり音楽を聴いたりしながら、ひたすらダラダラして過ごす。
たびたび、昼間のパチンコのことを思い出しては、悔しさに涙を滲ませたり、そんなことで泣いてしまう自分の不甲斐なさに、滲んだ涙をさらに膨らませたりしながら、やがてテレビにも漫画にも雑誌にも飽きて来たころ、深夜バイトで昼夜逆転した体にも、ようやく眠気が訪れた。
大きく伸びをして、テレビを消す。
今何時だろうと、傍らにあった携帯のディスプレイを見て、カイジはちょっとだけ固まった。
デジタル時計の文字盤が、ちょうど4のゾロ目だったのだ。
もちろん、単なる偶然だし、4に不吉なイメージがあるのは日本人ならではの刷り込みであって、こんな瑣末ごと、気にするのも馬鹿げているということは、カイジだって重々承知だ。
しかしそれはそれとして、なんとなくイヤな感じが拭い去れないのも事実だ。
忌み数を見た瞬間の人間の心の動きには、反射に近いものがあって、理性が馬鹿馬鹿しいと一蹴しても、心の方が勝手に不吉さを感じ取ってしまう。
その上このゾロ目で、カイジはまた昨日の昼間のことを思い出してしまったのだった。
あの時はあれだけ望んでも揃わなかったのに、今こんなにも意に沿わぬ形であっさりお目にかかれてしまった、ゾロ目。
カイジの胸に、一抹の虚しさが去来する。
テレビを消した部屋の静けさが、急に耳につきだした。
それを打ち消すように、くだらねえと舌打ちする。
今日もバイトだ。さっさと寝てしまおうと立ち上がった瞬間、静寂を打ち破るノック音が、カイジの耳に届いた。
ドアを開けると、そこに立っていたのは白髪の男。
すこしずつ白み始めている外の明るさを背負うその姿が、やけに目にしみる気がした。
まじまじと男の顔を見るカイジの心に、ふとある考えがよぎる。
不吉な数字のゾロ目を見た直後、図ったようなタイミングでカイジのもとへやって来た、この男。
「……大当たり」
ぼそりと呟くと、カイジの事情など当然預かり知らぬ男は、不審げな顔をする。
カイジは再度、くだらねえと呟き、今度はちょっと笑った。
そして、ますます訝しげな顔をする男を、ひとりの部屋へと招き入れるのだった。
終
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