ラクガキ しげカイ→アカカイ とてもアホな話



「……このクソガキ」

 くぐもった声が隣から投げられたので、アカギは仰向けのままそちらを見遣る。
 ついさっきまで取らされていた体位から寝返りを打つことすら叶わず、カイジはうつ伏せで枕に頬を押し付けたまま、汗で張り付き乱れた黒い髪の隙間から覗く目だけでアカギを睨みつけている。

 カイジがいったい、なにに怒っているのかは明白だった。
 アカギが昨夜、遅くまで散々無体を強いておきながら、今朝も今朝とて疲れきって眠るカイジの寝込みを襲ったからである。

 十三の歳にカイジと出会い、今年でアカギは十九歳。
 青年期真っ盛り、精力に満ち溢れているアカギに満足のいくまで付き合わされると、二十一から同じ年数ぶん歳を重ねたカイジはヘトヘトになってしまう。
 だから加減をしろと口酸っぱく注意してきたのだが、アカギは当然、そんなもの暖簾に腕押し、柳に風と受け流し、己が欲望に忠実に振舞うものだから、情事のあとは甘いピロートークどころか、呪わしげなカイジの罵言から始まる憎まれ口の応酬へと発展してしまうのが、ふたりのお決まりのパターンなのであった。

 アカギはカイジに睨まれようがこき下ろされようがまるでヘッチャラなので、悠々と寝返りを打ってうつ伏せになり、枕許のタバコを引き寄せる。
「誰かさんと違って、オレはまだ若いもんで」
 新しいハイライトの封を切りながら、横目でカイジを見てせせら笑う。
 カイジの肩がピクリと動き、いよいよその目にハッキリとした怒りの色が滲んだ。

 しかし正直なところ、喉も涸れているせいで声を出すのも億劫なので、カイジは犬のように低く唸ったきり、黙り込んだ。
 ただでさえ残り少ない体力を、この不毛なやりとりで費やすのはあまりにも愚かであるということを長年の経験でカイジも悟り、怒りを耐えて省エネに努めようという思惑がそこにはある。
 が、黙り込むカイジを挑発するようにアカギはますます愉しげな顔になり、それはそれは旨そうにタバコを吹かしたりするものだから、カイジはいつも、苛立ちを押さえるのに必死にならざるを得なかった。

 刺々しい雰囲気の中、アカギは短くなるまで吸ったハイライトを灰皿に押しつけ、するりとベッドから抜け出る。
「シャワー浴びたら出るから。あんたはゆっくり休んでなよ、おっさん」
 振り向きざまクスリと笑い、裸のまま部屋を出て行くアカギの背を、カイジは憤怒の形相で見送る。
 だが、そんなことをしてもアカギになんらダメージを与えることなどできず、風呂場のドアの閉まる音、囁くような水の流れる音を聞きながら、カイジは怒りを堪えるように、ただ布団の中でじっとしていた。

 が、しばらくして、ふとあることを思いつき、アカギが置いていったハイライトに手を伸ばす。
 蓋を開けると、さっき封を切られたばかりのパッケージの中には、まだギッシリとタバコが詰まっている。
 カイジは悪い笑みに顔を歪めると、奸計を実行に移すため、だるい体に鞭打って起き上がった。








「どうぞ」
 黒塗りの車のドアを開けて促され、アカギは後部座席に乗り込む。
 車窓から、今しがた出たばかりの部屋のドアをぼんやりと見上げていると、やがて車がゆっくりと走り出した。

 今日の代打ちは、元プロが相手だと聞いている。すこしは骨のある相手だろうかなどと考えながら、アカギはポケットからタバコを取り出した。

 蓋を開け、一本抜いたところで、アカギの眉間に深い皺が刻まれる。

 抜き出したタバコの白い部分に、黒の油性ペンででかでかと『エロガキ』と書かれていたのである。
 ご丁寧に、吸い口の方向に向かって矢印まで引いてある。

 まさかと思って他のタバコも抜き出してみると、すべてのタバコに『バカ』だの『アホ』だの『クソキチガイ』だの、様々なバリエーションに富んだ暴言が汚い字で踊っており、一本残らず茶色いフィルターに向かって矢印が書かれていた。

 あまりのくだらなさに、アカギは脱力する。
 さっき、カイジがやけににこやかな顔で自分を送り出したのは、これが理由だったのか。

 ミミズの這ったような字を、しばし黙って眺めたあと、アカギはぼそりと呟いた。
「……ガキはどっちだよ」
 あの人、今年でいくつだ?
 性悪な笑みを浮かべてちまちまとタバコに落書きするいい大人の姿を思い浮かべながら、アカギは苦虫を噛み潰したような顔で、まだ新しいハイライトのパッケージをぐしゃりと握り潰した。





[*前へ][次へ#]

11/75ページ

[戻る]