赤木は誰にも靡かない 学パロ モブ視点



 赤木しげる。
 学校一の不良と噂されるその生徒と同じクラスになってかなり経つが、オレはクラスメートなのに一度も会話したことないし、姿を見かけることすらほとんどない。
 たまに授業に出てきても、クラスの誰ともつるまないし、真っ白な髪とか鋭い目つきとか、普通のヤツと全然違う感じがして、なんか近寄りがたかった。

 オレ以外のクラスメートも御多分に洩れず、みんな遠くからアカギを眺めては、コソコソと根も葉もない噂話を囁き合うだけ。
 教師連中ですら、アカギには近寄りがたいと思ってるフシがあった。

 そんな謎多き存在なのに、赤木は異様に女子にモテている。先輩後輩含め、今まで数多くの女子から、告白を受けてきたらしい。
 羨ましい限りだ。しかし、赤木はすべての告白を断っているのだという。

 ついこないだも、六組の女子が赤木に告ったらしい。
 学年一の美人だと評判の子だったが、あえなく玉砕。
 相当、自信満々だったらしく、まさか断られると思っていなかった彼女は、ショックでしばらく学校を休んだのだと風の噂で耳にした。

 このように、赤木があまりにも誰にも靡かないもんだから、学校の外につきあってる大人の彼女がいるんじゃないかとすら言われてる。
 それでも、なぜか赤木を好きになる猛者は後を絶たないらしい。



 赤木。赤木かぁ……
 確かに、ルックスは悪くねぇと思うけど、でも正直、あんな危険そうなヤツのどこがいいんだよ?
 いや、待てよ……危険そうだからこそ、いいのか?
 女はみんな……危険な香りのする男ってのに、惹かれちまうんだろうか?

 なんてことをぼやーっと考えながら、オレは離れた場所に立つ赤木の横顔を眺めていた。

「めっずらしー。赤木出てんじゃん」
 四組の友達がコソコソと話しかけてくる。
 確かに、すげぇ珍しいことだ。赤木が授業に、それも体育に出るなんて。
「雨でも降ってこねーかな? 長距離かったりぃ……」
 快晴の空を見上げてため息をつく友達の言葉を聞き流しながら、オレは赤木を眺め続けていた。

 赤木はちゃんと学校指定の体操着に着替えていた。長袖を、ちょっとだけ捲りあげている。
 うちの高校のくそダサいジャージも、赤木が着ると、なんか違って見えた。
 ポケットに両手を突っ込んで、暇そうにぼさっと突っ立ってるだけなのに、嫌味なほどサマになってやがる。
 つーか、髪、本当に真っ白だな。染めてんのかな……

 などと、とりとめもないことを考えていると、脇腹をつつかれる。
「おい。そんな険しい顔で見んなって……赤木にメンチ切ってるとか、誤解されたらコトだぜ?」
 そう言われ、オレは驚いて友達の顔を見る。
「そんな険しい顔、してた?」
「してたしてた。親の仇見るみてぇな顔」
 ……どうやら、嫉妬が表情に出ちまってたらしい。
 実は、この前アカギがフった六組の美女を、オレは前から、ちょっといいな、なんて思っていたのだ……

 慌てて赤木から目をそらすと、今度は伊藤さんの姿が目に入る。
 あの人が出てんのも相当珍しいよな。本当に雨でも降るんじゃね?
 オレがそう言うと、友達は、
「単位のためじゃね? 最近、ちょくちょく授業出てるよ」
 と、のんびりした口調で答える。

 伊藤さんもジャージを着てるけど、なんつーか、もっさりしてる。赤木より伊藤さんが着てる方が、ずっと『ジャージ』感があるように見えるのは、気のせいだろうか?

 伊藤さんは隣の四組の生徒で、なんと驚きの二年ダブり。年上だから、みんなに『さん』付けで呼ばれてる。
 赤木とは別の意味で話しかけにくくて、クラスでは浮いてるらしいけど、本人もあんまり授業出てないみたいだから、気にしてないっぽい。

 はっきり言って、伊藤さんはうだつの上がらない感じの人だ。
 オレは同じクラスになったことないけど、猫背でむさ苦しい長髪で、野暮ったい印象が抜けない。

 しかし、一匹狼の赤木が、唯一行動を共にするのが、この伊藤さんなのだった。
 陰ではみんな首を傾げてる。『赤木には釣り合わない』って。それも失礼な話だと思うけど。

 赤木と伊藤さんは、ある時期を境に急に仲良くなったみたいだ。同じ不良同士、気があうのかもしれない。
 とは言っても、ふたりともそんなに真面目に授業出ないから、学校ではふたりが一緒にいるところを見ること、ほとんどないんだけど。

 今も、伊藤さんは赤木と離れた場所で、ぽつねんとひとり、地面にしゃがみ込んでいる。背中丸めて下向いてるから、なんか具合でも悪いんじゃないかって風に見える。
 赤木も伊藤さんも、互いの側に行って話しかけたりしない。……本当に、仲良いんだろうか? って思う、こういうとこ見てると。

「集合!!」
 いつの間にか来てた体育教師の声がして、オレも友達も重い腰を上げる。

 それにしても、五限の体育ほどかったりぃもんはない。
 弁当食ったばっかで腹重いし。しかも長距離とか……真面目に走る気ぜんぜんしねぇ。誰だ時間割考えたヤツ。

 頭の中でぶつくさ言いながらダラダラ歩いていると、いきなりドサッて音がして、クラスメートがざわめき始めた。
「あ」
 友達が立ち止まって、口をぽかんと開けている。
「伊藤さんが、倒れた……」
 その視線の先を追うと、さっきまでそこにしゃがみ込んでいた伊藤さんの体が、突っ伏すように地面に倒れこんでいた。

 伊藤さんの近くにいたクラスメートが大声で教師を呼んで、場が騒然とする。
 慌てて駆け寄った教師が、伊藤さんを抱き起こしながらなにか話しかけて、それに対して伊藤さんは頷いたり、首を横に振ったりしている。
 顔色が真っ青だ。つうか、マジで具合悪かったのかよ……

 遠くからその様子を見守っていると、体育教師が顔を上げて声を張り上げた。
「四組の保健委員は……欠席なのか。じゃあ三組の保健委員!」
「げっ」
 オレじゃねえか! 我ながら、思いきり嫌そうな声が出た。
 なんでこういう時に限って休んでやがるんだ、四組の保健委員……!
「いいなぁ……体育サボれんじゃん」
 友達はオレを羨ましそうに見てくるが、正直、長距離走る方がマシだ。
 面倒くさいし、なんか伊藤さんって、怖えんだよな……赤木ほどじゃないにしても。

 そんなことをうだうだと考えていても埒があかないので、オレは渋々、教師のもとへと駆け寄る。
「熱中症かと思ったが、違うらしい。たぶん、軽い疲労だろう。頭は打ってないみたいだから、お前、保健室まで連れてってやってくれ」
 よくよく近くで見ると、伊藤さんの顔色は悪いなんてもんじゃなかった。紙みてぇだ。うっすら開かれた瞼の下の目も虚ろで、ぐったりしてる。
 かなりしんどそうだ。さっき、ちょっとでも面倒くさいなんて思ったことに、途端に罪悪感が湧いてくる。

 急いで屈み込み、伊藤さんに手を貸そうとしたその時、後ろから軽く肩を叩かれた。
 振り返ると、そこにいたのは赤木だった。
 思いがけない展開に目を丸くしていると、赤木は淡々とした口調で言う。
「オレが連れてくよ」
「……え、でも……」
 赤木と話すのは初めてで、なぜだかしどろもどろになってしまう。
 赤木は伊藤さんをじっと見て、ぼそりと言った。
「こうなるって予想はついてたんだ。……昨日、ちょっと無理させすぎちまったから」
 声が小さくて、最後の方はなんて言ってるか聞き取れなかった。

 赤木は素早くしゃがみこむと、伊藤さんと目線を合わせ、声をかける。
「カイジさん。歩ける?」
「……」
 伊藤さんは返事をしないが、かすかに頷いたように見えた。
 それを確認した赤木は、伊藤さんに肩を貸しながら立ち上がる。
「そ……、それじゃあ頼むぞ、赤木」
 なぜか気圧されたみたいに声をかける教師に黙ってひとつ頷き、赤木は伊藤さんとゆっくりと歩き出した。

 校舎に向かうふたりの背中を、なんとなくぼんやり見送っていると、
「お前、一応あとで様子見に行ってやれよ。保健委員なんだから」
 教師が咳払いして、オレにそう言った。





 かったるい長距離を走り終えたあとの休み時間に、オレは手早く着替えを済ませ、保健室へと向かった。
 赤木が連れてったから大丈夫だと思うけど、教師にああ言われた手前、ちょっとでも様子を見に行かなくてはと思ったのだ。

 伊藤さん、かなり具合悪そうだったし……それに、一瞬でも『面倒くさい』なんて思っちまったことへの申し訳なさが、未だ消えないのだ。
 自分のお人好しさ加減に呆れるけど、気になっちまうもんはしょうがない。このままだと、六限にも集中できなさそうだしな。



 保健室は教室棟からうんと離れているから、まるで別世界みたいにしんとしている。
 ドアには、養護教諭の不在を示す札がかかっていた。

 オレはなんとなく息を潜め、ドアに耳を押し当ててみる。
 中から物音や、会話する声は聞こえない。
 引き戸に手をかけて、音もなくそうっと動かすと、わずかに開いたドアの隙間から、部屋の中が見えた。
 オレは思わず手を止め、その光景に釘付けになる。


 伊藤さんが、一番奥のベッドに横たわっている。
 どうやら、眠っているようだ。その傍らの丸椅子に、赤木が腰かけている。
 ふたり以外に誰もいないからなのか、ベッドを仕切るカーテンは、開けっ放しにされていた。

 オレが目を奪われたのは、赤木の表情だった。
 伏し目がちに伊藤さんを見る赤木は、とてもやわらかい表情をしていたのだ。

 いつものとっつきにくい無表情とは、まったく違う。
 ごく淡い笑みを浮かべる口許、険の取れた目つき。

『慈しむ』という言葉がぴたりと当てはまるような、穏やかな面差しだった。
 カーテン越しにやわらいだ夕陽が、赤木の白い髪を仄かに赤く染めている。
 赤木はそっと手を延べて、やさしい手つきで伊藤さんの頭をひとつ、撫でた。


 オレは息を飲み、そっと扉を閉めた。
 心臓がドキドキとうるさい。見てはいけないものを、垣間見てしまったような気がしていた。

 今の光景を見ただけで、オレにはふたりがどういう関係なのか、一発でわかってしまった。
 おそらく、オレ以外の誰が見たって、同じようにわかってしまうだろう。
 ふたりが他の同級生の目のある場所でつるまない理由が、なんとなくわかった気がした。

 男同士だからとかいう嫌悪感は不思議となくて、そのことにオレは驚く。
 とりあえず、今見たことはぜったいに、誰にも漏らさず秘密にしようと思った。
 赤木や伊藤さんが怖い、とかじゃない。
 そうしなきゃいけないと感じさせるような静謐さが、保健室のあのふたりの間にはあったからだ。

 火照って熱い頬を持て余しながら、オレはドアの向こうにいる赤木の表情を反芻する。

 どうりで、だれにも靡かねえはずだよ。
 こんだけ、たったひとりに靡いちまってるんだから。

 思わず、苦笑が漏れた。
 ゆっくり、ひとつ深呼吸してから、踵を返す。
 足音が響いてしまわないよう細心の注意を払い、オレは教室に向かって、そうっと歩き出した。





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