もらいあくび 過去拍手お礼




 寝ぼけ眼をこすりながらカイジが隣を見ると、すでに起きてタバコを吹かしていたアカギが、「おはよう」と挨拶してきた。
「……はよ……」
 そういや昨日こいつと呑んだんだっけ、と思い出しながら挨拶を返すと、頭に微かな痛みが走った。

 二日酔いとしてはかなり軽い症状だといえたが、体が鉛のように重ったるい。
 起き上がるのさえ億劫に思えて、カイジは寝たまま枕元の携帯電話の時計を見る。
 十時半。今日のバイトは午後からだ。あと数時間後には働きに出なくてはならないのだと思うと、ひどく憂鬱な気分になった。

 めんどくせえ……と内心でぼやきながら、カイジは大きく口を開けてあくびをする。
「かったりい……」
 声に出して言うと疲労感が増し、さらにあくびが漏れた。
 滲んだ涙で、視界がぼんやりとぼやける。

 立て続けにあくびを連発するカイジを、アカギはタバコを吸いながら眺めていたが、やがて、カイジにつられるように、ちいさなあくびを漏らした。

 思わぬ光景に、カイジはアカギをつい食い入るようにじっと見つめてしまい、その視線に気づいたアカギは鋭い目を眇める。
「……なに」
「いや……お前も、もらいあくびとかすんのか、と思って」
「あんたがあんまりダルそうにしてるから、うつっちまった」
 そう言って、すん、と鼻を啜るアカギを、カイジは物珍しそうな顔で眺めていたが、ふいに、以前テレビかなにかで聞いたことのある話を思い出し、不敵な笑みに顔を歪めた。

「なぁ、知ってるか? アカギ」
「……なに?」
「あくびってのは、親密さを感じてる相手ほど、うつりやすくなるんだとさ」
 ニヤニヤと言うカイジに、アカギは一瞬黙ってから、「……ふーん。それで?」と聞き返す。
 カイジはまるで鬼の首を取ったような様子で、得意そうに口を開いた。

「お前ってさ。本当にオレのことが、す……」

 ーー好きなんだなぁ
 そんなことを言って、カイジはアカギを、ちょっとだけからかってやるつもりだった。

 しかし、そんなカイジをアカギは真顔でじっと見つめていて、その視線に気圧され、カイジは言いかけた言葉を思わず飲み込んでしまう。
 そして、いったん躊躇してしまうと、気勢を削がれてしまったためか、なんだか急に恥ずかしくなってきて、カイジはもう、その先を言うことができなくなってしまった。

「す? ……続きは? カイジさん」
 こういうとき、決まって冷笑するはずのアカギは、すこしも表情を動かさず、真摯にも見える眼差しをカイジに注ぎ続けている。

 コイツ……っ! ぜってえワザとやってやがるっ……!!

 カイジはカッと顔を赤くする。


 中途半端にマジっぽい雰囲気を作って、カイジを自爆に追い込むというのがアカギの思惑であり、それにまんまと乗せられているのだとわかってはいても、言葉は石のように固まり、喉の奥に張り付いて二度と出てきそうになかった。

 他愛ない軽口だったはずなのに、ほんのちょっと口籠ってしまったがために、なんだかヘンな空気になってしまった。
(ううっ……オレのアホっ……!!)
 自己嫌悪に陥るカイジの眉が、情けなく下がる。


 あくびとはべつの要因で、ちょっと涙目になっているカイジを見て、アカギはようやくその顔に笑みを浮かべる。
 底意地悪そうに。ニヤリと。

「そうだね。そうやってオレをけなそうとして無様に失敗するとことか、それがオレを煽ってるってことに無自覚なとこなんかが、
 ーー本当に好きだよ。カイジさん」

 さんざ言うのを躊躇っていた台詞をアカギ本人にあっさりと言われ、カイジは赤い顔をさらに赤く染める。
「ばっ、バカやろうっ……!! つうか、オレは煽ってなんかーー」
「だから、自覚ないんでしょ? ここまでくると才能だよな、もはや」
 アカギはタバコを揉み消すと、くつくつと喉を鳴らしながらカイジに覆い被さる。
「もらいあくびするほど親密な間柄だってことが証明されたわけだし、これからもっと、仲良くしましょうよ」
「わーーっ! どこ触ってんだ、このバカっ……!!」
「どこって……、そんなこと、オレの口から言わせたいの?」
「違うわっ……! いいからその手、どけろっ……! ひぃぃっ……!!」


 結局、カイジはかったるいバイトを前に、無駄に肉体疲労を蓄積させる羽目になったのだった。







 

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