Children ちょっとダーク 赤木さんがひどくてカイジさんがかわいそう



「うまくなったな、カイジ」

 降ってきた低い声に、カイジは顔を上げる。
 柔和に細められた瞳に視線を絡め取られ、一瞬遅れて、褒められたのだということに気がついた。
 濡れた口許を手で押さえ、弾んだ息を整える。
 乾いた掌にやわらかく頭を撫でられて、カイジは赤くなった顔をそっと俯かせた。

 カイジには物心つく前から、大人の男性に褒められた記憶があまりない。
 だからだろうか。大好きな赤木に、よくやったな、えらいなと褒めてほしくて、言われたことはなんだって、必死にやった。
 どんなことでも。
 本当は、したくないようなことでも。

 赤木に褒められるのは、大好きな大人の男に褒められるのは、擽ったくて気持ちいい。
 いつもよりちょっとだけ甘みを帯びた低い声に名前を呼ばれる。掌をふんわりと頭に乗せられて、くしゃりと髪を掻き混ぜられる。
 たったそれだけのことで、心がほどけて馬鹿みたいに頬が緩んでしまうのだ。

 あまりにもガラじゃなさ過ぎるし、いい歳して恥ずかしいという自覚もあって、だらしなく緩む顔を引き締めようとするけれど、変な風に表情が歪んでいやしないかと気が気じゃないから、俯いて顔を隠してしまう。
 しかしすぐに、それも無愛想に見られてしまうのではないかと心配になって、結局、おずおずと顔を上げてしまうのだ。

 目だけでおっかなびっくり赤木の表情を窺うと、カイジの髪をやさしく梳きながら、赤木は相変わらず、やわらかな笑みをその顔に浮かべていた。
 カイジの大好きな笑顔。深くて淡いその瞳に、自分が映っている。
 その双眸の奥で、赤木がなにを思っているのか知りたくて、こみ上げる吐き気を耐えて口内に溢れた苦いものを飲み込むと、カイジは口を開いた。
「なに、考えてるんですか……?」
 子供じみた問いに、ふっと笑って赤木は答える。
「お前のことだよ」
 たったそれだけの言葉が、嬉しくて嬉しくて、ゴム毬みたいに弾む心のまま飛び跳ねて喜ぶ代わりに、カイジは目を伏せて甘く唇を噛んだ。












「うまくなったな、カイジ」

 赤木がそう褒めてやると、カイジは顔を上げた。
 唾液と精液で唇が濡れている。拭ってやろうと手を伸ばしかけたが、その前に傷のある手が口許を覆い隠してしまったので、代わりに頭を撫でてやった。

 嬉しそうに頬を上気させ、褒められたことを喜ぶ青年の姿は、稚い子供を髣髴させる。
 本人はそれを恥じているらしく、すぐに俯いて緩んだ表情を隠してしまうのだが、赤木の顔色を気にして、それこそ子供のように、おずおずと目だけを上げるのだ。
 
 安心させるように笑いかけてやりながら、赤木は硬く長い髪を、やわらかく掻き混ぜてやる。

 大人の男に褒められるということが、カイジにとって特別な意味を持つのだということに、赤木は気がついていた。
 それがおそらく、カイジの育った環境に起因しているのだということも。
 ほんの小さな子供に戻ってしまったみたいなカイジの反応を見れば、そんなことは容易に想像がついた。

 赤木に向けられるのは、哀しいほど素直で、ひたむきな感情。
 それがとても綺麗なものだとわかってはいるけれども、同時に、ひどくつまらないと赤木は思っていた。

 そんな感情は、つまらない。
 他の誰にでも代替可能な『大人の男』に対してではなく、自分だけに向けられる、特別なものが欲しい。

 まるで我儘な子供のように、タチの悪い望みだ。
 カイジのことを子供扱いしておきながら、こんな願望を抱いてしまう自分自身に、赤木は呆れるような気持ちにもなる。

 それでも赤木はカイジに、美しい憧憬や思慕ではなく、もっと生々しく息づくような感情を向けられたいと思ってしまうのだ。
 それは赤木がカイジのことを特別に思っているという証拠であったが、だからこそ、赤木はある時から、カイジに淫らなことを強いるようになった。

 只々美しい憧憬の対象でしかないはずの『大人の男』に、そんな卑猥なことをさせられるということに、カイジがたまらない嫌悪感を抱いているということを、赤木はちゃんと知っている。
 知っていながら、『大人の男』に褒められようと一生懸命なカイジの、ひたむきな心を利用して、いったいどこまで許容されるのかを試すように、すこしずつ行為をエスカレートさせていく。

 そうして、いつか、その綺麗で純粋な気持ちを、ぐしゃぐしゃに崩してやりたいのだ。
 我儘な子供の残酷さで。
 跡形もなく壊れてしまったその後で、自分に向けられるであろう生臭い感情だけが、赤木の欲しいものなのだから。


「なに、考えてるんですか……?」
 子供じみた問いに、ふと目線を声の方へ向ける。
 いつの間にかカイジは赤木の顔をじっと覗き込んでいて、構われたがりな子供のようにあどけないその表情に、赤木は浅く笑いかけてやる。
「お前のことだよ」
 たったそれだけの言葉で、軽く見開いた瞳を輝かせ、いてもたってもいられぬような喜びを押し殺すかのように、目を伏せてそっと唇を噛むカイジ。
 目の前にいる『大人の男』が、我儘な子供のように残酷な衝動を抱いていることなんて露も知らず、無防備に自分を慕うその姿を慈しむように、赤木は黒い頭をやさしく撫でてやるのだった。





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