相思 痒い話 キャラ崩壊注意


 初めて相手に出会ったときに、まず印象に残ったのはその博才。
 薄汚いちいさな雀荘で、男は類い稀なその才気の輝きを、眩いばかりに発揮していた。
 同じ鉄火打ちとして、そんな相手に興味を抱くのは、ごく自然な心の流れだったと言えよう。

 同じ卓で打っていたわけではないし、その日偶然出会うまでまったく見ず知らずの他人だったわけだが、相手もどうやら、オレの打ち筋が気になっていたようだ。
 どちらから話しかけたのかは覚えていないけれど、とにかく挨拶程度のごく軽い会話を交わしたあと、話の流れで連れ立って呑みに行くことになった。

 他者を寄せ付けない雰囲気の男だったが、話してみると愛想がいいとは言えないまでも、案外、普通の受け答えをした。
 歳は自分とそう変わらないらしい。薄暗い雀荘ではわからなかったことだが、隣り合った居酒屋のカウンターで改めて見たその顔は、悪くない造作をしていた。
 きつく吊った目が印象的で、精悍な面立ちをしている。

 酒を呑みながら、ぽつりぽつりと互いのことを話した。
 といっても、話題は専ら、今まで打ってきた博奕の話ばかり。
 やはりというかなんというか、相手はかなりの博奕狂いのようだった。これに関しては、たぶんお互い、同じ印象を抱いたのだろうと思う。

 ただ、話を聞けば聞くほど、自分とは真逆な相手の性質が浮き彫りになった。特に死生観に関しては、水と油のようにまったく相容れない。
 それでいて、もっと奥の方にある、深層に根ざした部分には共通するものがあるのを、ハッキリと感じ取れた。

 正反対なのに、似ている。
 理解できるのに、謎がある。
 鏡のような性質を持つその男に、ますます興味が湧いた。

 それは相手も同じだったようだ。互いにそうペラペラと喋るタチではないから、一向に会話は弾まなかったが、酒の進み具合が悪くない場の雰囲気を物語っていた。
 相手の話に耳を傾け、自分もぽつぽつと喋り、初めて会った相手とふたりきりでの酒宴をそこそこ愉しんでいたのだ……その時までは。



 なんの前触れもなく、突如としてその瞬間は訪れた。
 酔いが回ったのか気が緩んだのか、理由はわからない。
 なにかの話の途中で、相手が初めてその顔に、淡い笑みをのぼらせたのだ。

 それがどうした、と自分でも思う。なんてことはない、ただの同年代の、それも同性の笑顔。
 しかしそれを見た瞬間から、なぜかそれが心に引っかかって、仕方なくなってしまった。

 結局、その後すぐにお開きになって、それぞれ帰路に着いたのだけれど、その後日々の生活に戻っても、相手の笑顔がふとした瞬間に頭をよぎるのだ。
 最初は気の迷いだと、そう思っていた。しかし日が経つにつれ、それだけでは片付けられないような気がしてきた。
 あの夜からずっと、そんな日々が続いているのだ。
 己を誤魔化し続けるのも、もはや限界だった。

 男を好きになるような趣味はないはずだった。なにより、気になっていたのは相手の才気と狂気と、その生き様だったはず。
 でもあの笑顔を見た瞬間、そんな前提はすべて吹っ飛ばされ、頭の片隅に相手の笑顔が、常に居座るようになってしまった。

 青天の霹靂とは、まさにこういうことを言うのだろう。
 なぜか冷静に、そんなことを考えている自分がいた。



 あれから、ちょうど一週間。
 男に出会したのと同じ時間に雀荘を訪れると、偶然か、相手もその場に顔を出していた。
 そうしてやはり、ちょうど一週間前と似たような会話の流れで、ふたたび酒宴を催すことになり、今現在、この間と同じ居酒屋のまったく同じカウンター席で、こうして相手と肩を並べている。

 滑稽なほどの既視感に内心苦笑しつつ、黙ったままグラスを傾ける。
 席に着いてから、どちらも言葉を発していない。
 周りの喧騒と有線の音楽を聞き流しながら、脳にこびりついて離れないような、相手の笑顔を反芻してみる。

 無愛想な印象が多少和らぐ程度の、本当になんてことない、ごく普通の笑顔だったと思う。
 それが、どうしてこんなにも気になってしまうのか。

 酔っているのだろうか。
 それとも、
 魅せられてしまったのだろうか。あの笑顔に?

 よく、わからない。でも、

(もう一度、笑わねえかな、この人)
(もっぺん、笑ってくれねえかな、こいつ)

 そうしたらきっと、ハッキリするのだけれど。



ーーー

 まったく同じ心の流れで、まったく同じことを考えながら隣に目を遣れば、当然、視線がかち合う。
「……ん、どうかしたか?」
「……こっちの台詞」
 互いの顔を見つめたまま、わずかに沈黙したあと、
「べつに、どうもしねえけど……」
「……そう」
 奥歯に物が挟まったようなごく短いやり取りを交わし、ふたり同時に、ふいと目を逸らす。

 初めて出会ったときと同じ曜日、同じ時間、同じ居酒屋の、同じ席にいるふたり。
 だが前の時とは明らかに異質な、どことなくぎこちない空気が漂う中、ふたりの博徒は全身で隣を意識しつつも、ただ黙々と酒を口に運ぶのだった。






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