バロメーター(※18禁) 短文 エロはぬるい
はぁ、はぁ、と、荒い吐息がふたつ重なっている。
「……平気? カイジさん……」
自分よりガタイの良い背中を押さえつけるように後ろから覆い被さり、淡々とアカギが問うと、
「……へ……き、なわきゃ、ね、だろっ……!! この、うすら馬鹿、野郎……っ!!」
口さがない恋人が、深く顔を伏せたまま、腹立たしげに吐き捨てた。
カイジの口の悪さは、恋人とのセックスの時でも遺憾なく発揮される。
だいぶ耳慣れつつあるその言葉を聞き、アカギはカイジの背後で、声には出さず微かに笑った。
カイジと出会う前のアカギは、男と寝たことなどなかった。
当然だが、女を相手にするのとは全く勝手が違う。
だから関係を持ったばかりの頃は、挿れる側の自分が不慣れなせいでカイジに負担をかけさせてしまって、それが原因で怒っているのだと、だからこその罵詈雑言だと、そう思っていた。
しかし、どうやらそれは違うようだと、最近になってアカギは気がついたのだ。
アカギはそれなりにカイジの体を気遣っているし、自分だって気持ちよくなりたいので、体を重ねるたびテクニックや、よりスムーズなやり方というものを手探りで模索してきた。
そういうことを重ねてきて、確実に痛みやしんどさは減っているはずなのに、カイジの減らず口は文字通り少しも減ることなく、むしろ逆に増えてきている。
根本的に体が合わないのかと勘繰ったりもしたが、その割には毎回、カイジはちゃんとアカギと同じ回数分イっているし、アカギが誘うと渋々応じているというポーズは見せるものの、拒否されたことは一度もない。
そういうことが続いて、アカギは勘付いた。
つまり、カイジは感じれば感じるほど、口が悪くなるのだ。そうだとしか考えようがない。
その証拠に、痛いだとか辛いだとか、そういった言葉はもう、ずいぶん前から聞いていない。
近ごろカイジの口から発せられるのは専ら、馬鹿だのアホだの変態だの、子供の喧嘩レベルの謗言ばかりで、よくよく聞いてみればそれらも、震える唇から吐息に紛れるようにして、ただ零れ落ちているだけなのであった。
すると、自ずとアカギには理解できてしまったのである。
カイジの無意識から発せられる誹り言葉は、とどのつまり、快感のバロメーターであると。
「ばかやろうっ……んッ、そ、そこばっか責めんな……っ」
ぐり、と先端で中を捏ね回すと、すかさず飛んでくる罵倒にアカギはクスリと笑う。
「あいにく……馬鹿野郎には、一つ覚えしかできないんで」
「ぁ……、ぐぅ……っ!!」
軽口を叩きながら一点だけを執拗に攻めれば、苦しげにも聞こえる呻き声を上げるカイジの張り詰めたモノから、蜜のように粘ついた雫がとろりと滴って床を汚した。
どのくらい感じているのか、どこが気持ちいいのか、どんな風に触られたいのか。
カイジの嬌声に混ざる悪たれ口によって、アカギにはそれらがすべて、手に取るようにわかってしまう。
まるでとても感度のいい機械みたいに、快感の度合いに応じたつぶさな反応が、打てば響くように返ってくるのだ。
「んーー……ッ……!」
そのねじけた素直さを、アカギは率直に面白いと思った。
今まで性行為を単なる処理として行ってきたアカギにとって、それはとても新鮮な感覚だった。
なので、必死に口を塞ごうとする邪魔な掌など、後ろから腕を掴んで無理やり引っぺがしてしまう。
途端に溢れ出てくるのは、跳ねて上擦る単純な言葉たち。
「あ、ぁ……ふ、ちくしょ……ぁ、あほ、このアホぉ……っ!」
「そう……ココ、こうされるのに弱いんだ」
まるで会話として成立しない返事の意味は、答えた本人だけが知っている。
理性を溶かされ、肉欲に溺れさせられているカイジは、当然、そんなものに気づく余裕などなく。
「あ、ッ……馬鹿……ぁ!」
自分の発した言葉をヒントに探り出された、自身ですら知らなかったような性感帯を責められ、耳敏い悪漢の指標となる言葉を吐いては相手を愉しませるという、完全なる負のループに嵌まってしまう。
ぶるりと身震いし、振り返って自分を精一杯睥睨しようとする勝気なつり目に、アカギの口端が自然につり上がった。
カイジのわかりやすさは、博徒としては致命的であるが、ベッドの中では美点となる。……と、アカギは思う。
……まあ、ふたりが今いる場所は、正確にはベッドの中ではないのだけれど。
「声、抑えないと聞かれちまうぜ……? いつ誰が入って来たって、おかしくねぇんだから」
ふたりの背後にある、パチンコ屋の店名の下に『8F』と書かれた鉄製の扉。
その存在を思い出させるかのように、耳朶を噛みながら囁いてやると、ギリ、と奥歯を食いしばる音が、アカギのすぐそばで鳴った。
「くそ、変態野郎がッ……、こんな、場所で……っ、」
アカギにはわかりきっている。
呪うような罵りの声は、隠しきれない興奮の裏返し。
「満更……嫌いじゃねえんだろ? こういうの」
くつくつと喉を鳴らしながら、吹き込むようにアカギが指摘すると、カイジは指が白くなるほど強く手摺を掴み、乱暴に吐き捨てた。
「さっ、さと……終わらせろ……ッ! 速攻、殺して、やるから、な……っ!!」
「『殺してやる』……ね」
呟いて、アカギはニヤリと笑う。
物騒なその言葉をカイジが吠えるとき。
それは、もう終わりが近いという証拠。
無論、本人はまったく無自覚であろうが、今までやや強引にコトに及んだ際、必ずといっていいほどカイジはこの言葉を口にし、それから程なくして絶頂を迎えているということに、アカギが気づかないはずがなかった。
亀頭が抜けてしまうギリギリのところまで腰を引き、薄暗い階段灯の下で仰け反る背中を見下ろしながら、アカギは愉快そうに囁く。
「それじゃ……できるだけゆっくり、長くやることにするよ。あんたに、殺されたくないんでね……」
揶揄するように言いながら、どろどろとしたぬかるみに深く自身を沈めていくと、逞しい身体がヒクリと引き攣った。
「ぁ、あ! ……けんなっ、クソッ……! 殺す……ッ、今すぐ……っ、この、色キチガイ……ッ!!」
「その色キチガイに勝負ふっかけといて、負けちまったあんたの自業自得でしょ……」
口調だけは呆れたように言いながら、アカギの表情は依然として、悪い笑みに歪んでいる。
殺す殺すと煩いその口に、泣きながら「死んじまう」と吐かせるまでの過程も、獲物を追い詰める感覚に似て、それはそれで面白いのだ。
この立体駐車場にはエレベーターが備わっているし、屋上階である8Fの駐車台数は数える程度しかないものの、他の階で階段を利用する者は皆無ではないし、大きな声を上げようものなら、たちどころに反響して聞かれてしまうだろう。
それがわかっているから、他の階の扉が開き、重い音を響かせながら閉まるたび、カイジは僅かに体を竦ませる。
暴言とは裏腹の、怯えたようなその仕草に目を細め、
「あんまり身を乗り出すと、危ないぜ」
などと、声だけは優しげにアカギは囁いてやる。
相変わらず恋人の口から吐き出され続ける呪わしげな言葉を聞きながら、それがやがて甘い泣き声へと溶けていくさまを想像し、ゾクリと脊髄を這い登る悦楽に促されるまま、アカギは深く杭打った体を容赦なく貪った。
終
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