春立ちて(※15禁) しげカイ→アカカイ アカギさんの寝相が悪い話



 この人の体温はこんなにもあたたかかっただろうかと、アカギは思った。

 数年越しに触れる体は、その凹凸や男ならではの肌理の荒さも掌に懐かしく、いったいどこをどのようにして暴けばどういう反応が返ってくるかということまでも仔細に覚えているというのに、ほとんど微熱じみた高い体温だけが、新しい驚きを自分に与えることが、アカギには不思議だった。

「熱でも、あるの」
 唇を重ねたままアカギが問うと、カイジは目を丸くして、それからちいさく吹き出した。
「初めてのときも、同じこと訊かれたぞ、確か」
 笑う吐息が唇にかかるのを感じながら、そうだっただろうか、とアカギは内心、首を傾げる。

 初めてのとき、自分はまだ子供だったけれど、それでも、相手よりはずいぶん余裕があったような記憶がある。
 それなのに、相手が覚えているようなことを、自分が忘れている。

 この人のあたたかさを思い出して、足が向いてしまうことを忌避し、無意識のうちに忘れようと努めていたのかもしれない、とアカギは推測した。
 自覚なく記憶を封じ込めてまでも戻るまいとしていたのに、数年経った今、またこうしてこの人に会っているわけだから、わからないものだと思う。

 カイジの体温は行為が進むごとに上がり、またアカギも平熱は低い方だけれど、博打で興が乗ったときやこういう行為のときなどはカイジ以上に体が熱を持ったりするので、安普請の凍てつくような部屋で抱き合っていても、寒さはまったく感じられなかった。
 むしろ互いの体が密着しているため、裸でも暑いほどであった。

 壊れそうに軋むベッドの上、汗だくになったカイジの体を後ろから掻き抱くアカギの腕がぬるぬると滑る。
 歯痒そうに目を眇めたあと、アカギは筋張った背を己の体で縫い止めるようにしてベッドに押しつける。
 深くなった結合にカイジが泣きぐずりのような声で鳴き、終わりが近かったこともあって、アカギが深いところを数度穿てば全身を慄かせて絶頂を迎えた。
 誘われるようにアカギも達し、繋がったまますべてを吐き出す。

 暑い。きっと体の奥に己の迸りを受けているカイジはもっと暑いのだろうと思いながら、アカギは目を閉じる。

 性行為自体が久々だったのか、カイジはまるで骨抜きにされてしまったみたいに、やたらぐったりとしてしまった。
 もしかすると、最後に自分として以来、誰ともしていないのではないか。この人ならそれもあり得ると思いながら、アカギは長い髪を退けて項にキスしたが、カイジはベッドに顔を押し付けたまま、沈黙してしばらく動かなかった。
 顔を上げられないほど消耗しているようにも見えるが、単に照れているだけなのかもしれなかった。


 それから後処理もそこそこに、ふたりは寝巻きを身につけて、久方ぶりに同じ褥で眠りに就いたのだった。
 会わなかった間のことなど、ぽつりぽつりと訊かれるままに答えているうち、瞼が重くなってきて、やがてカイジの声が寝息に変わり、アカギもいつの間にか深く寝入っていた。






 明くる朝。
 起きるにはまだ大層早い時間に、アカギは目を覚ました。
 隣から大きなくしゃみが聞こえてきたからだ。
「あ、わり……起こしちまったか」
 身動きして自分を見たアカギに、ぐすぐす鼻を啜りながらカイジはすまなそうに謝る。
 だが、アカギは起こされたことよりも、カイジのくしゃみを誘ったであろう原因の方が気になっていた。

 つまり、掛け布団が床に落ちているのである。
 昨晩はカイジが壁側で就寝したから、必然的に犯人はアカギということになる。

 なにかの抜け殻のような形で丸まって落ちている布団を眺めるアカギに気づいたカイジは、ちょっと笑った。
「相変わらずの寝相だな、お前は」
 そう言われて、アカギは思わずカイジを凝視する。

 そうだ、昔。
 ガキの頃も確か、この人と眠ると布団を蹴ってしまうことが、度々あった。
 汗が冷えるから寝入り端は布団をかけていても丁度いいくらいなのだが、たぶん体温の高いカイジの隣で寝ているうちに暑くなってきて、無意識のうちに剥いでしまうのだろう。

 普段の寝相がたいそう良いアカギは、カイジと寝るとき以外、こんな風になったりしない。
 だからカイジと離れてから今の今まで、自分にこんな奇妙な習性とでもいうべきものがあったことを、アカギはすっかり忘れていたのだ。

 でも、カイジは覚えていた。
 昨日から、やたらこんなことが続くなとアカギは思う。
 そして、自分が忘れてしまったことすらもしっかりと覚えているカイジにとっての、会えなかった数年がどんなものだったのか、ほんのすこし、想像を巡らしてみたりした。

 そんなアカギの隣で、カイジはすこしだけ身震いする。
「きっともうすぐ、あったかくなるんだな」
 窓の外は雨で、気温も低い。
 だからこそ、カイジはくしゃみなどして目を覚ましたのだろうに、なんだかチグハグな台詞だ。
「……どうして?」
 訝しげに眉を寄せつつアカギが問うと、少年の頃を彷彿させる声の素直さに、カイジの目が懐かしそうに細まった。
「お前が布団蹴るようになったら、じきに春なんだよ」

 暦の上ではすでに春が立って久しく、あたたかい季節も、もうすぐそこまで迫っている。




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