ババ抜き カイジさんがアホ




 二枚のカード越しに見える、緊張感に満ちた双眸。
 それに対峙する赤木はひろびろとした笑みを浮かべ、カードに手を伸ばす。
 白い指先はカードの上をわずかにさまよい、向かって右側のカードをぐっと掴んだ。

 が、そのまま上に引こうとしても、カードはびくとも動かない。
 赤木は眉を上げ、額に汗をかきながらカードをかざしている相手の顔を見た。
「カイジ」
「……はい」
「離せ」
「……」
 カイジは唇を引き結んでむっつりと黙り込んだまま、指が白くなるほど強くカードを握り締めている。
「……ガキじゃあるまいし」
「あっ!!」
 ため息とともに、赤木が再度力を込めて引っ張れば、カードはあっさりとカイジの手からすっぽ抜けた。
 引き入れたそのカードを、己の手中にたった一枚残っていたカードと重ねて場に投げ出し、赤木はニヤリと笑う。
「上がり」
「ちくしょーーっ!! また負けたぁっ……!!」
 子供のように叫び、カイジは後ろに倒れる。
 悔しさをぶちまけるように放り投げられた、カイジの最後の手札はジョーカー。
 ひらひらと宙を舞って床に落ちたそれを指先でつまみ上げ、赤木はくつくつと笑う。
「残念だったな」
「うう……っ、くそぉっ……!!」
 本気で悔しいのだろう、カイジは涙目になっている。
 悄然と天井を見つめるカイジの顔を、赤木は可笑しそうに見つめていた。

 暇に任せ、ふたりが始めたババ抜き対決。
 何度勝負を重ねても、結果は赤木の全戦全勝だった。
『神域の男』相手なのだから当然といえば当然の結果なのだが、それでもカイジは悔しくてたまらないようだ。
「なんで、勝てねえんだろ……?」
 唇を噛みながらの呟きに、赤木は苦笑する。

 本人は気づいていないようだが、カイジの表情はわかりやす過ぎるのだ。
 どんなにポーカーフェイスを装っても、ほんのわずか、赤木にだけ見て取れるくらいの変化があって、さっきのような場面では特にそれが顕著に現れるのである。
 無論、それは赤木だからこそわかることであって、他の連中ならまず、気づけないような些細なものなのだけれど。


「どうする? もう、終わりにしとくか?」
 赤木の問いかけに、うう、と唸って、それでもカイジは首を横に振った。
 腹筋を使って跳ねるように起き上がり、気合いを入れ直すように自分の頬を叩く。
 バチン! という痛そうな音のあと、闘志の漲る目で自分を見て、
「もうひと勝負だっ……!!」
 と宣言するカイジを愉しそうに見て、赤木はふと、あることを思いついた。



 シャッフルしたカードを配り終え、互いに己の手札を見る。
 数字の揃ったカードを黙々と場に捨てていたカイジだが、ふと目線を上げると、赤木が己の顔を真顔でじっと見つめていたので、驚いて飛び上がりそうになった。
「な、なんですかっ……?」
 カーッと顔を赤くするカイジを真摯な顔で見つめながら、赤木はおもむろに口を開いた。
「カイジ……実はな……」
「は……はい……?」
 落ち着かなさそうにモジモジしながら答えるカイジに、赤木は真剣な口ぶりで言う。
「映っちまってるんだよ。お前さんの手札が、その大きな目ン玉にな」
「……え?」
 己の目を指さされ、カイジは目と口を大きく開いて固まった。
「や、それ……マジかよ?」
 半信半疑といった様子でカイジに問われ、赤木は深く頷いてみせる。
「俺はそれを読み取って、お前の手札から欲しいカードを引いてたんだけどな。お前、どうやら本気で俺に勝とうとしてるみてえだから、ヒントをやろうと思ってよ」
 赤木はそう言って、ニッと笑った。

 ……もちろん、そんなのは嘘八百である。

 いくら赤木しげるでも、相手の目に映るカードを読み取るなんてのは非常に困難だし、苦労してそんなものを見ずとも、カイジの表情や仕草を注視していれば事足りるのだ。
『カードゲーム中に相手の目を見る』というのは、昔どこかの組の若いヤクザが、女を落とす時に使っていると得意げに吹聴していた手段であり、そこに映るカードを読み取って勝つのが目的でなく、瞳を覗き込んで相手との距離を縮めるための口実なのだと、聞いたことがあったのを赤木はふと思い出したのだ。

 では、なぜこんな嘘をカイジに伝えたかというと、それは単にいつもの悪い癖で、ちょっとカイジをからかってみたくなっただけなのだった。




 そんな本心などもちろん覗かせず、涼しい顔でカードを捨てる赤木の顔を、カイジは半信半疑といった様子でじっと見つめている。

 無論、カイジとてギャンブラーの端くれなのだから、自分の目に映るカードを読み取ったなどという話、無条件で信じたりはしない。
 ただ、相手はあの赤木しげるなのだ。

(やりかねない……かもしれない……赤木さんならっ……!)
 カイジは唇を噛んで俯く。

 盲点だった。まさか自分の手札が、相手に筒抜けになっていたなんて……



 太腿の上の拳をぐっと握り締めるカイジに、のんびりとした声がかけられる。
「カイジ?」
「っ、はいっ……!!」
「お前からでいいぞ」
 赤木に言われ、カイジは弾かれたように顔を上げる。
 が、目の前にいる赤木の視線に気づくと、とっさに思わず、目を瞑ってしまった。


「…………」
 カードを読み取られまいとぎゅうっと目を瞑り、手札を引こうと手を伸ばしてくるカイジの姿を、赤木はしばし、笑いを堪えながら眺めていた。

 あんな与太話を信じるとは。しかも、とっさに思いついた対処法がコレとは。
 これじゃ、俺の表情を見ることはおろか、手札を引くことすら難しいだろうに。

 そろそろと伸ばされた無骨な指先がカードに触れた瞬間、赤木は手札をスッと退けてしまう。
「あっちょっ……! 意地悪しないで下さいよ……」
 ぶつくさ言いながら、うろうろと手探りでカードを探すカイジに、赤木はついに堪えきれず、噴き出してしまう。

 アホみたいに単純で必死な様子が、赤木の悪戯心を掻き立てる。
 赤木は苦笑した。
 カイジは勝とうと躍起になっているみたいだが、赤木の方はゲームよりべつのことが、したくなってしまったのである。
 
 自分に向かって伸ばされたカイジの手を掴み、赤木はぐいと引き寄せる。
「うわぁっ……!?」
 本気で驚くカイジの体を抱き寄せ、赤木はカイジに軽く口づけた。
 そして、大きく瞠られた目を至近距離で覗き込みながら、低い声で囁いた。
「俺みたいな奴の言うこと、簡単に信じちゃいけねえな? カイジ」
 そのひと言で、ようやく嘘だったと気づいたカイジが文句を言うより早く、赤木は間抜けで可愛い恋人に、今度は深く口づけたのだった。









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