コーヒーヌガー 赤木さんがひどい カイジさんが乙女
「やるよ。お前、甘いもん好きだろ?」
そう言って赤木さんが差し出した紙袋を黙って眺め、オレはぼそりと一言、「ありがとうございます」と呟いた。
礼を言いはしたものの、正直あまり気乗りはせず、のろのろと手を伸ばして紙袋を受け取る。
中身など、見なくたってわかっていた。
チョコレートだ。それも、複数の。
「俺はこういうの、どうも苦手でな」
つるっとした顔でそんなことを言う赤木さんを睨みつけてやりたくなったが、どうにか頬を引きつらせずに、笑みを返すことができた。
去年もまったく同じように、赤木さんからチョコレートを渡された。
バーやスナックのホステスから、押しつけられたものだと言う。
赤木さんは義理だと言っていたけれど、どれもきちんと包装された箱に入った、高級そうなものばかりだ。
平気な顔でそんなものをオレに渡せる赤木さんの神経を、正直ちょっと疑う。
べつに構わねえけど。食べ物に罪はないわけだし。
赤木さんは義理だって言ってるし。ホントかどうか知らねえけど。
だけど、これってどうなんだ?
オレは仮にも、あんたのーー
そういうことを、もやもやと思ったりする。
でもひょっとすると、赤木さんはオレのそういう反応を面白がっているのかもしれないと思うと、ことさら相手を興がらせてやるのも腹立たしいので、できるだけ平生と同じ態度を崩さないよう努めている。
しかし、内心はやはり穏やかでいられるはずもなく、取り繕った笑顔の下で、どうしても無口になってしまうのだった。
わざとなのか、それともまったく悪気はないのか。
どちらともつかない飄々としたようすで、赤木さんはオレに笑いかけてくる。
そして、甘いものは苦手だと言ったその口で、しゃあしゃあとねだるのだ。
「ところで、お前さんからはねぇのか? カイジ」
去年もまったく同じ台詞を、赤木さんの口から聞いていた。
「甘いもの、苦手なんだろ?」と聞いたら、「お前のは特別だよ」などと、平気な顔をして言うのだから、憎たらしい。
憎たらしいけど、赤木さんへの好意がその苦い気持ちを包み込んでしまうのだから、自分の甘さにもほとほと嫌気がさすのだった。
「今年は、用意してありますよ」
オレが言うと、赤木さんは軽く眉を上げた。
「自分からねだっといて、なに意外そうな顔してんだよ」
「だってお前、去年はあんなに渋ってたじゃねえか」
意外そうな声に苦笑しつつ、オレはポケットの中を探る。
「ちゃんと食べてくださいね」
指先に当たったものを、つまんで取り出す。
掌に乗せて差し出すと、赤木さんは眉を寄せた。
「お前、これは……」
「『オレのは特別』、なんだろ?」
遮るように言うと、赤木さんは苦笑して、たった一粒の、ちいさな四角いチョコレートに手を伸ばす。
「こういうのは、貰ったことねぇなぁ」
いかにも予想外だというように、赤木さんは笑った。
そりゃあそうだろう。
こんな駄菓子屋で買えるような、一個二十円ぽっきりのチョコレート、あんたに渡す女の人なんて、いないはずだ。
白い指先が焦げ茶色のセロハンを剥がし、風車みたいな模様の刻まれたチョコレートをつまみ上げる。
『神域の男』には不釣り合いなそれを、赤木さんは物珍しそうに眺め、何の気なさそうに口へ放った。
しかしそれを噛んだ瞬間、たちまち赤木さんの顔が曇る。
「……キャラメル」
低く、ぼそりと呟かれた言葉を聞いて、オレは笑った。
この包み紙のチョコレートの中にはキャラメルが入ってるってこと、この人はきっと知らないだろうなと思っていた。
「オレの気持ちです。残さずにどうぞ」
ぴしゃりと言い放ったオレをちらりと見ると、赤木さんはやれやれ、といった顔で口を動かし始めた。
いい気味だ。
口の中に長く居座りつづけるキャラメルに辟易している赤木さんを見て、オレは思う。
思い知ればいい、そのコーヒー味のキャラメルよりもずっと苦い思いを、オレがあんたにさせられてるんだってこと。
せいぜい舌や歯に纏わりついて、ちょっとでも長く、あんたに嫌な思いをさせられればいい。
一個たったの二十円。あんたが他の誰かから貰った『義理チョコ』とやらのどれよりも取るに足らないそれが、オレの気持ちの苦さも、それを包み込んでしまう甘さも集約された、紛れもない本命チョコだってこと、鋭いあんたなら気づいてるだろう、赤木さん。
顔を顰めながらも、赤木さんは文句も言わず、もそもそとキャラメルを噛み続けていた。
「お前、いい性格してるよな」
赤木さんがしみじみそう言ったので、オレはちょっとだけ愉快になる。
「あんたほどじゃありません」
例の紙袋に視線を落としつつそう返事をすれば、赤木さんは本日何度目かの苦笑を見せた。
「なぁカイジ。ちょっと協力してくれねえか」
「協力?」
問い返すと、赤木さんは黙ってただ手招きしてくる。
それだけで赤木さんの意図にピンときて、もうだいぶ溜飲も下がったことだし、オレは甘苦いキャラメルの消費に『協力』してあげるべく、白い手に促されるまま、そっと顔を近づけた。
終
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