願い事・1 しげるが神さまなパラレル ケモ耳しっぽ注意



 カイジの住まいがある通りは、安普請のアパートばかりが建ち並ぶ、普段は寂れた通りである。
 が、今夜に限っては人通りが多く、親子連れやカップル、学生の集団、見知らぬ顔がたくさん歩いていた。
 浴衣を着ている人も多く、その様子は目にも鮮やかだ。

 バイト帰り、神社への道を歩くカイジとすれ違う人々は、みなそれぞれに屋台での戦利品を手にしている。
 色とりどりのヨーヨーやお面。ビニール袋の中を泳ぐ真っ赤な金魚。かき氷やチョコバナナを食べ歩きしながら歩く人も多い。
 誰もが明るい表情で、蒸し暑い夏の夜の中をゆったりと歩いており、ああ、良い祭りだったんだな、とカイジは思った。


 神社に近づくにつれ、ますます人が増えてきた。
 道の両側に鬼灯のような赤い提灯が吊され、屋台もちらほら見え始める。
 焼きそばのソースが焦げる匂いやベビーカステラの甘い香りに空腹を刺激されつつ、カイジはまっすぐ鳥居を目指す。

 もともと狭い道は人で溢れ返り、人波に揉まれながら少しずつ歩を進めるしかない。
 喧噪の中、遠かった鐘と太鼓の音がどんどん近くなり、カイジは鳥居の前に到着した。
 両脇には大きな行灯が立てられ、オレンジの光に照らされてぼんやりと浮かび上がる緋色の鳥居は、朝見たのとまったくべつのものに見える。
 狐の像もライトに照らし出され、心なしかいつもより澄ました顔で人間たちを見下ろしていた。


 鳥居を潜って手水舎へ向かい、周りの人を見よう見まねで手水を使って、参拝の列につく。
 時間がもう遅いためか、並ぶ人はそう多くなく、列もスムーズに消化されていく。

 石段までやってくると、カイジはやや背伸びして前の様子を見る。
 大きな鈴をガラガラ鳴らしている参拝客の向こう、白い神前幕の奥には、餅や果物の乗った三方、その奥に五色の絹が垂らされた榊、そして中心に丸い御鏡が奉られているのが見える。

 鏡の更に奥にある扉は固く閉ざされている。その向こうに少年がいるのだろうか?
 あるいは、こんな人目につくような場所ではなく、もっともっと奥の方で人々を見守っているのだろうか。

 昨日の少年のやる気のない態度を見せてやったら、この人たちはどんな顔をするのだろうと、熱心に柏手を打つ背中を見ながらカイジは思う。
 大きな耳をぺたりと伏せ、真っ赤な口を開けて大欠伸をしながら、退屈そうに『仕事』をする少年の姿が目に浮かぶようで、カイジは思わず苦笑した。

 そうこうしている間に前の客が参拝を終え、カイジの番がやってくる。
 賽銭箱の前に立ち、ポケットに手を突っ込んで何枚か小銭を取り出す。五百円玉、百円玉、十円玉の中から、すこし迷って十円玉を二枚投げ、あとの小銭はポケットに仕舞いなおす。
 鈴を鳴らして二礼し、大きく柏手を打つ。
 手を合わせ、目を閉じて頭を垂れ、願いをかける。

 正直、ご利益は怪しいと思うものの、この場に立てばやはり、条件反射で真剣に願い事をしてしまうのが人の性というものだ。

 ギャンブル勝てますように。大金が手に入りますように。あの悪徳企業が破滅しますように。
 それから……

 最後の願い事を、特にしっかりと心の中で唱え、最後に深く一礼してカイジは参拝を終えた。
 列から外れて歩きながら、カイジは妙に凝ってしまった肩をトントンと叩いて解す。
 参拝する姿をどこかで少年に見られているのかもしれない思うと、無駄に緊張してしまったのだ。

 とにもかくにも、これで今夜のメインイベントは終えた。
 カイジはぐるりと辺りを見渡す。
 さまざまな屋台が建ち並ぶ賑やかな光景を見ると、いくつになっても子供のように胸が躍ってしまう。
 そわそわと落ち着かない気持ちになりながらも、とりあえずまずは腹拵えだと、カイジは傍にある焼きそばの屋台へと足を向けた。




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