仮眠室で(※18禁) 仮眠室でする話 アカギがひどい



 慣れきった空気の澱み、タバコとアルコールの臭気。申し訳程度にそれらを攪拌する天位扇を、アカギはぼんやりと見上げる。
 午前六時。窓の外に目を遣ると、眩しさにやや目が眩んだ。湖底の泥のように身に纏いつく雀荘特有の空気が、朝の光によってあっという間に洗われていく。
 だが、それに清々しさなどは到底感じられなかった。昨夜から続いた賭け麻雀。相手が予想以上に早く音を上げたため、勝負の熱を逃しきれなかったのだ。そのせいか、ひどく頭が重い。不完全燃焼で燻っているようだった。心も体も、なにもかもを持て余し過ぎているこの状態で、朝の光の下歩くのはひどく億劫に思われた。

 卓の上に積まれた金を無造作に掴み取ると、アカギは席を立ち、対面で魂が抜けたように放心している男に目もくれずに仮眠室へ向かう。
 軋んだ音をたてて木製の扉を開くと、黴臭いにおいが鼻を突いた。十畳ほどの空間に、二段ベッドが四台、左右の壁際に設置してある。先客がいるのだろう、右奥下段のカーテンはすでに閉じられていた。
 アカギは左側、手前のベッドの下段に寝転がった。
 掛け布団を捲ることもせず、仰向けで体を預ける。
 目を閉じるが眠気が襲ってくる気配はまったくなく、逆に指先まで感覚が冴え渡り過ぎていて、じっとしていることすらじれったくなってくる。頭も体も疲労しているはずなのに、精神が休もうとしていない。
 アカギは舌打ちした。適当な相手と殴り合いの喧嘩でもすれば憂さ晴らしになるかとも思ったが、やはり外へ出るのが億劫で、自分の腕を枕に底板の木目を眺める。
 そんなことで籠もる熱を到底逃がせようはずもなかったが、アカギはカーテンも引かぬまま、部屋に備え付けられた時計が時を刻む音だけを聞きながら、しばらくそうやってじっとしていた。


 三十分ほど経過した頃だろうか、仮眠室の扉が開けられて、人がひとり入ってきた。
 部屋をぐるりと見渡したあと、その人物が自分のベッドの傍に立ったので、アカギは目線をそちらに向ける。
 そこにいたのは、カイジだった。カイジはアカギと目が合うと、背を屈めるようにしてアカギの顔を覗き込む。
 なぜ、こんな場所にいるのだろう? アカギはすこしだけ面食らう。確かに昨日、この場所で打つということは伝えてあったのだが、カイジがこうしてアカギの打つ鉄火場に顔を出したことなど、今までなかったのだ。
 意外そうにするアカギの心中を察したかのように、カイジは低く潜めた声でアカギに囁く。
「バイト帰りで……ついでだったからちょっと寄ってみたんだけど」
 ぼそぼそと言いながら、次第にきまり悪そうな顔になっていくカイジを見て、アカギは思わず笑った。
 なんて見え透いた嘘をつくのだろう。この雀荘は、アパートを挟んでカイジのバイト先とは真逆の方向にあるのだ。
『バイト帰り』というのは本当だろうが、『ついで』ではなく、恐らく心配してわざわざ見に来たのだろう。腕一本、賭ける勝負なのだと伝えてあったから。

 当の本人も、下手くそな嘘をついたという自覚はあるらしく、肩を揺らすアカギを見て、むっとした顔になった。
 なんだよっ、と食ってかかろうとして、ここが仮眠室であることを思い出し、はっとして口を噤む。
 自分より年上とも思えないような、その一連の挙動を眺めるうち、アカギはひどく凶暴な気分になるのを感じた。
 体が、心が、どろどろと渦巻く熱の捌け口を求めている。それは獰猛な欲望に姿を変え、一直線にカイジへと向かっていく。
 自分を見るアカギの目の色が変わったことに、カイジはまったく気がついていない。隙だらけのその様子にますます焚きつけられ、アカギは熱く滾る体を起こしてカイジの腕を掴んだ。
「ねえカイジさん、ここでしようか」
 怪訝そうな顔に顔を近づけ、音を消した声で囁けば、きつく吊った目がわずかに見開かれる。
 至近距離にあるアカギの顔をまじまじと見て、カイジは眉を顰める。
「……暑さで頭がおかしくなったのかよ?」
「そうかもね」
 他人事のようにそう答えるや否や、アカギはカイジの腕を強く引く。
 バランスを崩したその体を乱暴に抱き寄せ、自分のいる狭いベッドに無理やり押し込んだ。
「!! バカ……っ、」
「静かにしなって」
 目を剥いて怒ろうとするカイジの口を掌で塞ぎ、アカギは目を細める。
 蒼白になって暴れるカイジの体を、アカギは足と腕を絡めて全身の力で押さえ込もうとする。
 ガタガタと揺れ軋むベッドの音。乱れる白いシーツと、互いの髪と衣服。逃れようと必死に藻掻く獲物を追い詰めていく感覚が、否が応でもアカギを昂ぶらせていく。


 ふたりの体格や力は恐らく拮抗しているのだが、踏んできた場数には天地の差がある。
 数分後、俯せに組み敷かれたカイジはシーツに頬を押しつけ、呼吸を整えながらアカギを横目で睨めつけていた。
 しかしそんな状況下でも、カイジは腰の辺りで一纏めに押さえつけられた両手を隙あらば動かそうとしてくる。無駄だとわかっていても、抵抗を止める気は更々ないようだった。
 アカギはカイジを押さえつけたまま、ジーンズのベルトを器用に抜き取る。
 わずかな力の緩みを察知し、そこを縫って逃れようと猛烈に足掻き始めるカイジの両腕を、アカギは抜いたベルトできつく縛った。
 結び目が解けないようギリギリと引き絞ると、痛みにカイジの眉が寄る。

 腕を縛られてようやく抵抗をおさめたカイジは、抑えきれぬ怒りに呼吸を荒げていた。乱れた長い髪を掻き上げてやると、その下に隠れていた瞳は憤怒に燃えてアカギを睨み上げている。
 アカギは愉快な気持ちになった。仮にも恋人であるカイジにこんなレイプまがいのことをしてしまうのは、実は初めてのことではない。今みたいに中途半端な熱気を逃せず気が立っているとき、衝動に駆られて無理やり行為に及んでしまったことが何度かある。
 かといって、アカギはべつに強姦が趣味というわけでもない。むしろこうして抵抗されたり相手を縛ったりなどという面倒なことは嫌いなはずだった。それなのに、カイジが相手だと時折こんな風になってしまうのは、きっとその瞳のせいなのだとアカギは思っている。
 組み伏せられても踏みにじられても、屈服しないその瞳。それを見るのは生ぬるい博打なんかよりよほど愉しいのだ。
 
 ジーンズに手をかけると、カイジは流石に焦った顔になった。
 カーテンも開け放したまま、誰かが入ってきたら確実に見られてしまう。しかも、右奥のベッドには寝ている人間がいるのだ。
 正気の沙汰じゃないと目で訴えるカイジを無視して、アカギはジーンズと下穿きを一気に膝上まで下ろしてしまう。尻と陰部を呆気なく曝け出され、カイジの目許が朱に染まる。アカギは自らの指に唾液を絡めると、固く閉じた秘部へいきなり指を二本突き立てた。
「……っ、ぁ!!」
 びく、と背をしならせ、痛みにカイジはちいさく声を上げてしまう。慌てて唇を噛み、声を飲み込むカイジを見ながら、アカギはその腰を引き寄せて容赦なく指を潜り込ませていく。
 乾いた場所を無理やり開かれるのは、苦痛でしかないのだろう。額に汗を浮かべ、指が蠢くたび苦悶の表情で身じろぐカイジがようやく指二本をスムーズに受け入れたところで、アカギは指を引き抜く。
 己のジーンズの前を寛げ、パンパンに腫れ上がった怒張を取り出すと、それを横目で追ったカイジが息を飲むのがわかった。

 まだ固い孔に先端を擦りつけると、カイジが肩を震わせる。いつもなら慣らしが甘いと文句が飛んでくるのだが、こんな場所での行為など一刻も早く終わらせたいのか、ただじっと黙して堪えていた。その様子がアカギの征服欲を急速に満たしていく。
 アカギはカイジの腰を後ろから支え、ズッズッと挿入する。
 予想はしていたがソコはやはりとてもキツく、食い千切られそうなほど締めつけてくるため、アカギは小刻みに揺するようにして、すこしずつ腰を進めていった。
「……っ、」
 真っ赤な顔で唇を噛み、声を堪えているカイジを眺めながら、ゆっくり根元まで入れると、アカギはそのまましばらくじっとしていた。
 熱くうねる粘膜が絡みつき、痛いほどに絞り上げてくる。カイジはもちろん苦しいだろうが、アカギもまた容赦ない締めつけに苦痛を感じていた。
 カイジの背に覆い被さると、ドクドクと脈打つ鼓動がアカギにも伝わってくる。
 手を伸ばし、指でカイジの唇を撫でると、人差し指に思い切り噛みつかれた。喉奥から低い唸り声を発し、獣のように自分の指に食らいついて離そうとしないカイジに目を細め、アカギは残った四本の指でカイジの頤をやさしく撫でながら、律動を始める。
「っ……ぅ、ぅ」
 ゆっくりと出し入れすると、カイジの口から苦しげに押し殺された声が上がる。
 出血こそしていないが、まるで初めてみたいにキツく収縮する窄まりに自身の形を刻みつけるように浅く深く抽送していると、もともと昂ぶっていたせいもあってか瞬く間に精液が込み上げてくる。
 アカギはカイジの腰を強く引き寄せ、奥を突き上げそこで射精した。
「ぅ、く……っ、」
 ビュルビュルと大量の精液が腹の奥で放たれ、カイジは驚愕に目を見開いて背筋を戦かせる。
 アカギがゆるゆると腰を動かすと、生理的な涙で潤む瞳が責めるように見上げてきて、それが視覚からも吐精の快感を加速させた。

 すべて出し切ると、カイジを深く貫いたままアカギは弾んだ息を整える。
 籠もりに籠もった熱を解放する瞬間は最高に気持ちが良く、カイジの体から立ちのぼる汗のにおいを嗅ぎながら、アカギはじっと目を閉じて余韻に浸っていた。
 呼吸が落ち着いてくると、アカギはカイジの口内から指を引き抜き、自身を抜いて体を離す。
 唾液でベタベタになった指で腕の拘束を解いてやると、カイジはホッとした様子で体の強張りを解いた。
 ようやく終わった、勝手にそう思っているのだろう。だがアカギの中の熱はこの程度ではまったく治まっていなかった。

 アカギがカイジの体を仰向けに返すと、一瞬にしてその表情が緊張に引き攣る。
「っ……もう、」
 カイジが震える声で呟くのを無視して、アカギは痛みに萎えたカイジのモノを掴むと、ゆるゆると上下に扱き始める。
「ぁ……ぁ、は……」
 性器に直接触れられ快感を無理やり高められ、カイジは抗う術もなく身悶えながら熱い吐息を溢す。
 せめてカーテンを閉めようと伸ばされた手を、アカギは強く掴んで容易く阻止してしまう。
 恨めしげな瞳と目が合って、アカギは緩く口端を持ち上げた。

 やがて滲んできた先走りがクチクチと密やかな音をたて始めると、カイジは落ち着かなさそうな表情を見せた。
 奥のベッドで眠っている客に、卑猥な音が聞こえていないか不安なのだろう。秒針の音しか聞こえないこの部屋では、ほんのささやかな水音でさえやたらと耳につく。
 気もそぞろに辺りを気にするカイジに、アカギは手を止め、カイジの足を大きく抱え上げた。
 はっとした顔になったカイジが自分を見るのを確認してから、腰の位置を合わせてカチカチに硬くなった肉棒を再度挿入する。
「う……っ」
 宙に浮いた爪先をピクピクと痙攣させ、カイジは眉を寄せて挿入の衝撃に堪えている。ただ、一度アカギのモノを受け入れているため先ほどよりも痛みは少ないのか、その表情からはわずかな余裕が窺える。
 アカギが動き始めると、中はたっぷり放たれた精液でぐちゃぐちゃになっており、だいぶ滑らかに出し入れができるようになっていた。カイジも今度は痛いだけではないらしく、唇を噛み締めたまま荒い吐息を紡いでいた。
「く……っ、ぅ……」
 抽送の度に粘膜が擦れる快感に呑まれそうになりながら、カイジは必死に声を我慢している。
 アカギは腰を大きくグラインドさせ、わざと粘着質な音が鳴るように動く。ぬちゃっ……ぬちゃっ……と結合部から聞こえてくる音に重ねるようにして、先走りでぐちょぐちょに濡れたカイジのモノをちゅくちゅくと扱きたてると、カイジはびくんと体を引き攣らせて自分の手指を噛み締める。
 部屋中に響き渡る淫らな音。カイジがいくら頑張って声を耐えようが、もはやなんの意味もない。性の悪い笑みを浮かべて見下ろすアカギを、カイジは目線で射殺すように睨み上げる。

 薄暗い雀荘の仮眠室で、声を立てずに汗だくで交わっている。こんな異常な状況でも、その瞳は決して消せない強い光を宿す。
 その烈しさに、アカギは背筋をゾクゾクと痺れさせた。
 ああ、もういっそ殺されたい。いや、自分がこの人を殺したいのか。凶悪な欲望は恐ろしいほど膨れ上がり、まっすぐにカイジへと注がれる。
 自然と口端が吊り上がっていく。つまらない勝負を百回重ねるより、カイジとたった一回セックスする方がよほど満たされる。こんな行為ですらそう感じさせてくれるこの人と、本気の博打が打てたら。命のやり取りができたら。考えるだけでアカギは達しそうになる。この人がオレのことを許せないほど憎むようになればいいのにと半ば本気で願いながら、アカギはカイジの最奥を貫いて二度目の精を放った。
「……ッ」
「っう……ぁ、っ」
 迸る快感に歯を食い縛り、ぴったりと腰を密着させてドクドクと射精すると、体をぶるりと震わせてカイジもまた張りつめた自身から精液を撒き散らした。

 脳味噌がとろけてしまいそうなほど強い性感の余韻に浸りながら、アカギは深く繋がったままカイジの上に折り重なり、荒い息を繰り返す。
 しんとした部屋にはふたたび、秒針の音だけがこだまするようになった。

 濡れた睫毛を伏せ、アカギと同じように呼吸を整えていたカイジは、気怠そうに腕を持ち上げてアカギの頭をべちんと叩いた。
「……気は済んだのかよ、え? このアホ」
 掠れた声で囁かれ、アカギは悪びれずに
「まあね」
 と答える。
 カイジはふっと息をつくと、アカギを叩いた腕を伸ばしてベッドのカーテンを引く。今度はアカギも止めなかった。紺色のカーテンに遮断された狭い空間で、アカギとカイジは身を寄せ合ったまま、葉擦れのような声で会話を続ける。
「お前こういうの、マジ止めろよな……誰かに見られたらどうするんだよ」
「べつに、オレは構わなかったけど」
 クスリと笑ってそう答え、アカギはカイジに顔を近づける。
「カイジさん、オレのこと嫌いになった?」
 戯れのようなアカギの問いかけを、カイジはふん、と鼻で笑い飛ばした。
「ならねえよ。残念だったな」
 軽やかに一蹴され、意外な反応に瞬く鋭い目を覗き込んで、カイジは愉快そうに目を細める。
「お前、オレに憎まれてもいいと思ってるだろ」
「……」
「だから許すんだ、お前のことは」
 行為のとき、カイジに対して衝動的に感じていた願望を見抜かれていた上、無理やり強いた仕打ちを許すとまで言われてアカギは絶句する。
 固まっているアカギにニヤリと性悪な笑みを浮かべ、カイジはアカギの耳許に唇を寄せて囁いた。
「お前なんかの思い通りになってたまるかよ。せいぜい残念がれ」
 カイジはアカギの耳を強く噛み、笑う。
 アカギはカイジをまじまじと見たあと、軽く目を閉じ、諦めたように静かな笑みを浮かべた。
 この人は、どうあってもオレを憎んだりしてくれないらしい。
 手酷く扱ってしまっても、憎しみに押し流されずにすべてを包み込んでいくような、馬鹿みたいな打たれ強さと優しさ。その前ではアカギの歪んだ願望も、霞のように掻き消えてしまう。
 アカギは深くため息をつくと、カイジの中から自身を抜いてその隣に寝転がった。
「いろいろ溜まってたんだろ。スッキリしたんなら、余計なこと考えずに眠れ」
 カイジに言われて初めて、アカギは己がひどく疲労していることを自覚した。
 それと同時に、みるみるうちに瞼が重く落ちてくる。さらに駄目押しするかのように、カイジは無骨な手でアカギの頭を撫でた。
「負けるよ、あんたには」
 余計な力が一切合切抜け落ちてしまったようなアカギの口調に、カイジが勝ち誇ったような笑みを浮かべる。
「おやすみ」
 その囁きを最後に、アカギの意識はぷつりと途絶え、昏々と深い眠りへと落ちていったのだった。






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