願い事・2




 さして値段が安いわけでも、特別な味付けがされているわけでもない。衛生面だって、お世辞にも安心できるとはいえない。
 それなのに、祭りの屋台で売っているというだけで、どうしてこうも食べ物が美味しく感じられてしまうのだろう。


 左手には大きな牛串、そして右手にはキンキンに冷えた350ml缶のビールを持ったカイジは、人波からすこし外れた場所にある空きスペースを見つけ、そこで一息つく。

 最近の屋台は毛色の変わったものがたくさんあって、物珍しさについいろいろ食べ歩いてしまい、知らず知らずのうちにかなり散財してしまった。
 だけど、不思議と後悔はない。
 祭り特有の高揚感は、金銭感覚すら麻痺させてしまうのだろうかと少々危ぶみながらも、カイジはさっそく牛串にかぶりつく。

 ゴロリとした大きな肉は硬く、食べるのに苦労する。
 獣にでもなった気分で無理やり噛み千切り、甘辛いタレのかかった塊を口いっぱいに頬張って咀嚼する。
 はっきり言って冷めてるし、どこにでもある焼き肉のタレをぶっかけただけの味。
 だが、それがいい。この大味さがたまらない。
 噛んでも噛んでも口の中からなくならない弾力のある肉を口に含んだまま、ビールを勢いよく煽る。ついさっきまで氷水の入った水槽で冷やされていたビールが、肉の塊ごと口の中をさっぱりと洗い流しながら胃の腑へと流れ落ちてゆき、
「かぁ〜〜っ!」
 あまり人目につかない場所なのをいいことに、カイジは至福の声を上げる。

「ずいぶん、愉しそうじゃない」
 ちょうどその時、後ろから急に声をかけられてカイジはビクッとする。
 しかし勢いよく振り返ると、そこにあったのはよく見知った顔だった。
「……なんだ。お前かよ」
 朝、鳥居の前で見送ったときとまったく同じ姿の少年が、そこに立っていた。
 ほっと脱力するカイジを余所に、少年はカラコロと沓を鳴らしてカイジに近づき、すんすんと鼻を鳴らす。
「なに、それ」
 少年の赤い瞳が、食べかけの牛串に釘付けになっている。
「牛串。食ったことねえの?」
 カイジが訊くと、少年は視線を動かさぬまま頷く。
 ほら、と言って白い顔の前に差し出してやると、少年はぴんと耳を立てたあと、くんくんと匂いを嗅いでから、牛串にがぶりと噛みついた。
 大きな肉の塊を唸りながら噛み千切り、もぐもぐと数回咀嚼してあっという間に飲み込んだ。
 ワイルドな食いっぷりに、さすが狐の神さまだと妙な感心をしながらカイジが見ていると、少年は赤い舌で口の周りについたタレをペロリと舐め取ると、細い眉を寄せた。
「あんまり、うまくねえ……」
「まぁ、味についてはとやかく言ってやるなよ。こういうのは、祭りの雰囲気の中で食うから旨いんだ」
 苦笑しながらカイジが諭すと、少年はあまり納得していない顔で「ふーん……そういうものなの?」と呟いた。

「……というか、お前、『仕事』は大丈夫なのかよ?」
 参拝の列は消えたとはいえ、まだお社の前で手を合わせている人の姿はちらほら見受けられるのに、神さまがこんな場所で油を売っていていいのだろうか。
「一段落したところ……あとは、残してきた奴らに任せてきた」
 残してきた奴ら、というのは、僕とか使い魔とか、そういった類の者たちなのだろう。
 そんなんでいいのかよ、と言いかけたカイジだったが、少年の顔に珍しく疲労の色が滲んでいるのを見て、口を閉ざした。
 どうやら、しっかりと神さまの仕事をこなしてきたらしい。
「どうでもいいけど、早いとこそれ、食っちまいな」
 牛串を指さして少年は言う。
「へ? なんで?」
 カイジが訊き返すと、少年は緋色の目でカイジをじっと見て、
「……あんたに、いいもの見せてやる」
 そう、ぼそりと呟いた。
「いいもの? なんだ?」
「見ればわかるよ」
「……勿体ぶるなよな。気になるじゃねえか」
 口をへの字に曲げるカイジに少年は薄く笑い、社の奥にある雑木林を顎で示した。

「オレの、気に入りの場所へ連れてってやる」




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