meurs où tu dois アカギ視点


 横からゲームを眺めていた時から、そのディーラーが臭いことには気がついていた。
 恐らく、抜いている。デッキを確かめれば、エースと10以上のカードが足りないはずだ。加えて、ディーリングも操作している。手許をよく見ると、時折デッキの上から二番目のカードを抜き出してプレイヤーに配っている。プレイヤーの不利になるように、配るカードを調節しているのだ。

 問題はこのイカサマ、ディーラー個人が自分のポケットマネーを増やすためにやっているのか、あるいはカジノぐるみで客の金を巻き上げるためにやっているのか、ということだ。
 前者である可能性はほぼゼロに近い。ディーラーはカジノ側から常に監視されているはず。これだけディーラーが勝ちすぎていれば、不正を疑われてとっくの昔に連れ出されているだろう。
 それがないということは、カジノ側も黙認しているということだ。元々、イカサマなどしなくても儲けが出るような仕組みのあるカジノに於いて、それはかなり悪質だと言えた。
 しかしディーラーのカード捌きの腕前は確かだから、ディーリングを操作していることはまず誰にも気付かれないだろうし、それだけのテクニックがあるのなら、デッキを確認させろと訴えても、なんらかの方法で抜いたカードを戻して不正を揉み消すだろう。もしそうならなくても、カジノぐるみでのイカサマなのだから、糾弾したところで摘まみ出されるか、あるいは痛い目に遭わされるかの二者択一になることは目に見えている。

 派手に毟られた男が舌打ちをしながら席を立ち、去っていく。いちばん左端のその席に腰掛け、チップを差し出してディーラーの顔を見る。怜悧そうな双眸が値踏みするようにこちらを見て、作り物めいた笑みに細められる。その笑顔の下で、なにも知らずにノコノコとやってきた、新しい獲物に舌舐めずりしているのだろう。
 この場にいる誰ひとりとして気がついていないであろう、におい立つようなその生々しさに、己の口角が自然と吊り上がっていくのがわかった。










 右掌を下に向け、スタンドの意を示す。
 周囲から上がるどよめきの声を聞き流しつつ、ホールカードを表に返すディーラーを見る。その顔に貼りついている笑みは不自然に歪み、切れ長の瞳は隠しきれない焦燥と怒りにぐらぐらと燃えている。
 ディーラーのカードの合計は15。しかし、既にオレの勝ちは決定している。
 ブラック・ジャック。仄暗い照明に照らし出されるスペードのキングとダイヤのエースを、憎しみに満ちた男の目が射る。
 この席について、これが三度目のナチュラルブラック・ジャックだった。もちろん、純粋な運だけでこんな結果になるはずはない。
 イカサマにはイカサマを。相手の使う手法が読めていれば、それを逆手にとって自分の有利に進めることも不可能ではない。バレないように勝敗を調節することもできたが、敢えて端から見てもわかりやすいほど一方的にゲームを傾けた。相手のイカサマを皮肉るように。
 結局オレひとりだけが男に勝ち、この回の勝負が終わった。堆く積み上がったチップ、その向こうに座るオレを、男は横目で睨みつけている。先ほどまでの穏やかさの欠片もない、殺意に満ちた視線だった。押さえつけ、暴き出したその本性。鼻につく生臭さすら感じながら、チップをすべてベットして次の勝負に臨もうとしたその時、後ろから肩を叩かれた。
 来たか、と思った。振り返ると、黒いスーツにサングラス、スキンヘッドで体格はオレの倍はあろうかという黒人の男が、分厚い手をオレの肩に置いたまま、無言で席を立つよう促してきた。
 こちらがなんらかのイカサマを仕組んでいるということが、カジノ側にバレたのだろう。あれだけわかりやすい勝ち方をしていれば、当然のこと。ディーラーは額に青筋をたてたまま、良い気味だとでも言いたげな顔で片頬を引き攣らせて笑う。
 血走ったその目を見たまま、場が騒然とする中、オレはゆっくりと立ち上がった。


 別室に連行されるや否や、頬を殴られる。椅子を薙ぎ倒しながら床に倒れ込んだところを、胸ぐらを掴まれ起こされる。口端が切れ、血の味を舌に感じる。休む間もなくボディーに一発入れられ、体を折って咳き込んだ。唾液とともに、血が点々と白いスーツに飛び散る。
 男がなにか言っている。イカサマのことなのだろうが、顔を殴られたときからひどい耳鳴りがするせいでよく聞こえない。
 黙っていると、額に冷たいものが押し充てられた。サプレッサー付きのハンドガン。男は部屋の奥を顎で示す。どうやら、べつの場所に閉じ込めるつもりらしい。

 相手はひとり。上手く隙を突けば倒せないこともないだろう。ただ体格の差がありすぎる。飛び道具だってこちらは所持していない。
 目を伏せ、ゆっくりと深呼吸する。
 死ぬ時がきたなら、ただ死ねばいい。いつでも綺麗に死んでやる。その信条はずっと、自分の根底に揺るがずにある。
(しかし……今はまだ、その時じゃない)
 脳裏に浮かぶのは、数年前に袂を分かった男。自分とは真逆の生き方をするその男と、生きている限りは必ず再会があると予感していた。その時がやってくるまで死ぬわけにはいかないと、男と離れてからオレは思うようになったのだ。
 両掌を相手に向け、ゆっくりと手を上げる。こんな状況でも、恐怖は感じない。男のことを考えると、自然に口角が上がった。

 死ぬのなら、然るべきとき、然るべき場所で。今はまだ、そのときではない。
 早く自分の許へやって来ればいい。その時を、オレは生きて待ち続ける。






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