三日 ゲロ甘 カイジさんにメロメロなアカギ



 退屈なことの多いこの世界では、『飽きない』ということがもっとも重要らしい。
 ……と、いうことに、アカギは最近気がついてきた。


 金、女、権力。その他浮き世で重要視される諸々の物事に、浮き世離れしているアカギは執着を持てない。権力はもとより、金や女にもさして興味がない上、手に入れたとたんにどうでもよくなってしまう。
 結果より、それを手に入れる過程がいかに充実していたか、ということの方が大事なのだ。だから大金や美しい女を手に入れても、その瞬間に興醒めしてしまう。仮に指一本で世界を動かせるような権力を手に入れることができたとしても、恐らく同じことだろうと思われた。

 一方で、酒やタバコや麻雀。それらはアカギがずっと、息を吸うように続けていることであった。それらに執着しているというわけではないが、不必要だとも思わない。
 タバコは結構な長い年月同じ銘柄を吸い続けているし、飲酒や麻雀を止めようなどと考えたこともない。

 つまりは、それを手に入れて長く年月を共にしても、『飽きない』ということ。それが結構自分にとっては重要なのだと、アカギはハイライトを燻らせながら思う。

「おい」
「ん?」
「お前の番だぞ」
 対面から声をかけられ、顔を上げると鋭い目で睨みつけられていた。
「考え事とはずいぶん余裕だな、あぁ?」
 低い声でそう言って、相手はアカギの買ってきた缶ビールをあおる。

 アカギが今いる場所は、古いアパートの一室。そこの住人である伊藤開司という男と、二人麻雀を打っている最中なのだ。
 勝負中だというのにアカギが上の空に見えて、それが気に食わなかったのだろう。明らかに機嫌を損ねてしまったカイジに、アカギは取り繕うように言ってやる。
「ちゃんと集中してるよ。……それだ、カイジさん」
 今しがた切られた牌を顎で示しつつ自らの手牌を倒せば、カイジがさっと表情を変えて情けない呻き声を上げる。
「あああ……畜生……っ!!」
 悲劇的な形相で、積まれた山を崩しながら卓袱台の上に突っ伏し、頭を抱えて動かなくなってしまったカイジを見て、
「これで十五戦十五勝。まだ続ける?」
 追い討ちをかけるようにアカギが言うと、黒い頭が静かに横に振られた。
 
 短くなったハイライトを灰皿に押し付け、散らばった牌を二、三個、無造作に掴んで頭の上から落としてやると、顔を上げぬままくぐもった声で「痛ぇ、バカ」と文句を言われる。
 
 こんな、遊びのような麻雀。土壇場で本領を発揮していないカイジを打ち負かすことなど、アカギにとっては赤子の手を捻るより簡単で、退屈といえばこれほど退屈な勝負もないのである。
 にも関わらず、負けず嫌いなカイジに挑まれるまま十五戦もしてしまったのは、やはり『飽きない』からなのだろうとアカギは思う。

 この麻雀にではなく、カイジ自身に。
 そうでなくては、出会ってから数年もの長い間、こんな風に傍にいられる訳がない。

 文句を言われても構わずに、また牌を掬って頭の上から落としてやると、カイジはようやく顔を上げる。
「……痛ぇっつってんだろ! やめろ!」
 無様に敗北を喫したことがよほど悔しいのか、吊り上がった三白眼は涙目になっている。負け犬のように吠える声も、単純な性格も、嫌というほど知り尽くしているのに、飽きないどころか、見ていると構い倒したくなってくるのが不思議だった。

「さて、なにして貰おうかな」
「……っ」
 頬杖をつきながらアカギが言うと、カイジはぐっと唇を噛み締める。
 賭けたものは、相手への命令権。金でも女でも権力でもない、そんな子供じみた権利に、少なくともアカギはそれら以上の価値を見出している。
 なにを要求されるのか、ハラハラしながら自分の顔を窺ってくるカイジの表情を見られただけでも、長時間に及んだ二人麻雀が決して無駄な時間ではなかったと思えるのだから、不思議だった。

 アカギは片手を伸ばし、カイジの頬に掌をあてる。
 びく、と跳ねる肩に目を細め、アカギは口を開く。
「きっちり愉しませて貰おうか……十五勝分」
 親指の腹で頬の傷をなぞると、意味深なその手つきにカイジは顔を赤くして、ふて腐れたように目線を背ける。
「物好きめ……」
 ぼそりと呟く恋人は、正真正銘、どこから見ても男である。
 細い腰も柔らかい胸もなく、岩のようにゴツゴツと固い体、痛みっぱなしの長い髪、目つきの悪い大きな瞳。
 加えて金とも権力とも、まったく無縁の素寒貧。ふとした瞬間に心の錦が見え隠れするときもあるが、基本的にはどうしようもないクズで、ニートで、ひどい泣き虫だ。

『物好き』と言われたら、確かにそうなのだろうとアカギも思う。
 それでも、傍にいて飽きないのだからしょうがない。

『まぁ……美人は三日で飽きるっていうからなぁ』
 唐突に、そんな台詞がアカギの頭を過ぎる。
 すこし前。代打ちを引き受けた組の若頭が、あまりにも色事に興味を示さないアカギを心配して、お節介にも女を世話してきたことがあった。
 女は若く美しかったが、アカギは断った。その時に若頭が言ったのが、先の台詞なのだ。
 学生の頃からのつき合いだという妻に、すぐさま頬を抓られている男を眺めながら、その時は聞き流した言葉が、今になって妙に真理を突いているように思えてきたのだ。

「……なんだよ? 人の顔ジロジロ見やがって」
 黙ってその顔を眺めていると、ムスッとした様子でカイジが言ってくる。
「美人は三日で飽きるらしいけど、カイジさんにはいつまで経っても飽きないな、と思って」
「お前それ……、なんか失礼じゃねえ?」
 さらに苦虫を噛みつぶしたような顔になるカイジに、アカギはくつくつと喉を鳴らしながら首を横に振る。
「そんなことないさ」
 むしろ、『飽きない』ということがいちばん大事なアカギにとって、これ以上ないほどの愛情に満ちた言葉なのだけれど、そんなことは胸の内だけに留めたまま、アカギは卓袱台の向こう側にいるカイジの方へと、そっと身を乗り出すのだった。






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