reversal(※18禁) リバ要素注意 本番なし 赤木視点


 カイジが、珍しくうわの空だ。
 俺を出迎えたときから、ずっとぼんやりしている。
 前に会ったとき食べたがっていたので、寿司の出前をとってやったのだが、味わっている様子もなく、機械的に口へ運ぶだけ。
 会話もほとんどなく、一応こちらの話には耳を傾けようとする姿勢は見られるものの、やはり気もそぞろで、曖昧に相槌を打つばかり。

 どうやら、他のことに気をとられて仕方がないようだ。
 理由はだいたい察しがつくので、腹が立ったりもしない。
 面白いので観察していると、しばらくしてようやく視線に気づいたカイジは、ハッとした顔になり、すみません、と頭を下げた。
「べつに構いやしねえよ。お前さんをそんな風にさせちまうような勝負が、いったいどんなだったかのは気になるけどな」
 カイジは驚いたような顔をするが、俺には端からわかりきっていたことだ。お前がこんな風になるなんて、大きな博打を打ったあとくらいのもんだってこと。

 なにかを言いかけてカイジは口を閉ざし、ちょっとだけうつむいてみせた。
「すみません、詳しくは話せないんです……」
 下手に喋って、俺を巻き込んじまうような事態になることを恐れているのだろう。普通の競馬やパチンコなんかで勝ったからって、コイツはこんな風になりはしねえ。裏、それもかなり危ない橋を渡ってきたんだってことは、さっきまでのコイツの様子を鑑みれば明白だった。
 それでも、生きてここに居るってことは勝ったってことなんだろうが、パッとしない表情を見る限り、生き延びるのがやっとで金を得ることなどできなかったのに違いない。
 もはやお馴染みのパターンだが、どうやら、今回は消沈しているわけじゃないらしい。
「もうちょっと……あと一歩だった……確実になにか、掴めそうだったんです」
 空っぽの掌に目を落とし、きつく唇を噛み締める。吊り上がった瞳が黒々と光っているのを眺めながら、俺は酒を口に運んだ。

 ギラギラしてんな。まぁ、若いから。わからなくもねぇが。
 死線を潜り抜けるときの、潮騒のように血がざわつく感じは俺にも覚えがある。それが終わったあとの空虚と、裡に籠もるやり場のない熱さも。

 だからこそ、こういうときのコイツの顔は嫌いではない。人じゃない、腹を空かせた猛獣みたいな顔。かつての俺も、きっとこんな風だったのだろう。

 ふと閃いて、俺はグラスを静かに置き、カイジに切り出した。
「お前、俺を抱いてみるか?」
「え……」
 カイジが息を飲むのが、空気を通して伝わってくる。
 大きな目がさらに大きく見開かれ、餓えた獣のような気配も、急に影を潜める。
「なっ、なんでそんな話にっ……?」
 あたふたしながらカイジは言う。
『なんで』って、そうだな。わかるから、かな。多少なりと、お前の気持ちが。
 もし、若い頃の俺がお前と出会っていたなら、やはり体の奥底に燻ったものの捌け口をお前に求め、ぶつけていたかも知れない。
 だから今夜は、俺がそういう役を引き受けてやろうかと、気まぐれにそう思ったのだ。
 それに、お前相手ならまぁ、受け入れる側をやってもいいかと、そう思うくらいには、お前に絆されてるんだよ、俺は。

 ……なんてことは、言う必要もないのでいっさい口に出さず、黒い瞳を覗き込んで目を細める。
「してみたいって、思ってたんだろ?」
 ゆっくり言葉を句切って言ってやると、カイジはたじろいだように視線をうろつかせる。
 お前は俺に抱かれながら、俺を抱きたいと思ってたんだろう。そのくらいお見通しだよ。お前は男で、俺も男だ。

 喉仏を静かに上下させて、カイジは俺に視線を定めた。
「その、……いいんですか?」
 正直、もっと動揺すると思っていたのに、カイジはおずおずと、それでもまっすぐに俺を見つめてくる。
 期待と戸惑いに揺れる表情の中で、両の目だけは明確な欲望に燃えていて、ちいさな火のようなそれに、自然と口端が吊り上がるのを感じていた。
 ああ、コイツのこの目が好きだ。本当に好きだと思いながら、俺はタバコを取り出して咥える。
「これ吸い終わったらな。……やさしくしろよ?」
 茶化すように言って、タバコを挟んだ唇に釘付けになっている目に笑いかけてやると、カイジは真っ赤になって、なんども頷いた。





 狭いベッドの上に座り、所在なさげに立ち尽くしているカイジに声をかける。
「お前はそんなとこに突っ立ったまま、ひとりでセックスできんのか? 器用だな」
 こんな安い挑発でも、受け流すということを知らないカイジはムッとした顔になり、ベッドに乗り上げると乱暴に俺の肩を掴んでくる。
 しかし、そこからどうしようかと逡巡するように動きが止まってしまったので、それがかわいくてつい笑うと、馬鹿にされたと思ったのか、怒ったような性急さで唇が重なってきた。

 それでも、最初の口付けは腫れ物に触るようにおっかなびっくりで、こちらを気遣うようにやわらかく啄んでくる。やさしくしろ、という言いつけを、忠実に守っているつもりなのだろう。飼い慣らされた賢い犬のようで微笑ましいが、ちょっと物足りなくもある。

 そっと瞼を持ち上げてみると、相手の黒い目も開いていた。
 間近で視線がぶつかると、慌てたように伏せられる。
 舌先で軽く唇をつついて誘えば、躊躇いがちにようやく舌が絡んでくる。

 最初は様子を窺うようだった口付けが、徐々に激しさを増してくる。
 コイツの火の点きやすさを微笑ましく、そして好ましく思う。
 さんざ躊躇していた先程までとはまるで別人のように、遠慮など欠片も感じさせない貪るようなキス。
 相手の吐息に呼吸を奪われ、啜る唾液は相手の劣情が溶け込んでいるみたいに甘い。
 淫らな水音を聞きながら、ようやく垣間見えた相手の本性に笑みが漏れる。笑いながら、食らわれてやる。



 長く深い口づけは、相手の方から解かれた。
 名残惜しげに繋がる糸を、熱に浮かされたような黒い瞳がぼんやりと追っている。
「俺にばっかリードさせんなよ。今日はお前がするんだろ?」
 自分のシャツの釦をひとつ、挑発するように外しながら言ってやると、カイジはハッとして、慌ててその下の釦に手をかけた。

 シャツを脱がされ、肩をそっと押されてベッドに押し倒される。
「赤木さん……」
 見上げると、期待と緊張とで顔を真っ赤に火照らせたカイジが見つめてくる。
 犬のような黒い瞳が、早くも熱に潤んでいる。
 行動を促すように頭を撫でてやれば、ぎこちなく首筋を吸われた。
 そのまま、舌と指先での愛撫を受けるが、カイジも俺も不慣れなせいか、くすぐったくて敵わない。
 笑っちゃいけねえと必死に我慢していたが、こわごわと胸に触られて、思わず笑い声を漏らしてしまった。
 むくれたような顔をするカイジに、悪いことしたなと思いつつ苦笑する。
「ほら。頑張れ」
 慰めのつもりで言ってやったのだが、本人はますます気分を害したらしく、鎖骨の下に強く歯を立てられた。

 そのまま、カイジは拙い愛撫を続ける。黒い髪の合間から覗く、真摯な表情。
 ときおり、俺の顔をチラリと見上げる仕草は、一丁前に『男』のそれだ。
 膝を曲げるとちょうど膝頭の当たる場所に相手の股間があって、ついちょっかいを出したくなるが、やめておく。

 徐々にカイジの手が下へ、下へと進んでゆき、ついにベルトに手がかかる。
 そこでまたしても、俺は閃いた。
 コイツ、結構頑張ってるしな。今日は役割が逆なんだし、せっかくだから、俺がいつもやらせてること、してやろうか。
「え、あ、赤木さんっ……!?」
 驚いた声を無視して、カイジの下から抜け出す。
 有無を言わさず座らせて、胡座をかいた足の間に己の顔を伏せる。
 いったいなにをされるのか、怯えたような表情を見上げながら、ジーンズのファスナーを下ろすとカイジは慌てふためいた。
「赤木さんっ、それはっ……!」
「いいから、黙ってろよ。悪いようにはしねえから」
 下着の中の男根に触れると、指が冷たかったのかカイジは体を竦ませる。
 取り出すと、ソレは既に緩く芯を持ち始めていた。
 ニヤリと笑って見上げれば、カイジは何故だか泣きそうな顔をしていた。

 コイツのをしゃぶってやったことなどほとんどなく、やったとしても遊び半分の戯れみたいなモンで、最後まで行った試しなどねぇが……、まぁ、どうにかなるだろ。

 見せつけるように先端へと舌を押し当てると、カイジのモノがビクンと震える。
 その反応が面白くて、亀頭をスッポリと口に含んでみた。
「……っ」
 唇を噛んで声を耐えるカイジに睨まれながら、俺はゆっくりと、手の中のソレを口淫し始める。

 やってみて初めてわかったが、コイツのはひどく敏感で、イイところが一発でわかる。
 どんなに声を我慢しようとも平気なフリを取り繕おうとも、刺激を受けている器官が如実に反応を返すから、結局なにもかも明け透けに見えてしまうのだ。
 裏筋と、鈴口。それから亀頭と竿の境目を、ぐるりと舐められるのにどうも弱いらしい。
 そこを責めると、まるで痺れたようにビクビクと震えるのだ。
 それがなんだか愉しくて、そこばかり苛めていると、カイジの口からついにちいさく声が漏れ始める。
「……く、っ……」
 心を裏切る己の体に、歯噛みしたい気分なんだろう。喘ぎながらも、カイジはどこか悔しそうな顔で俺を見下ろしている。
 それでも、嬌声が常よりずっと低く抑えられているのは、男の矜持、というやつなのだろうか。
 意地の悪い笑みを向ければ、唇を噛んで睨めつけてくる。
 見たことないような、欲望を滾らせた雄の顔。コイツ、こんな顔するんだな。面白え。

 俄然、気分が乗ってきて、内心舌舐めずりする。
 コイツが感じるポイントはだいたいわかったので、深く咥えずとも絶頂へ持っていけそうだ。
 現にもう、カイジのモノは大きく育ちきっていて、おそらく限界が近い。
 あと、もうちょっと。どんな風に追い詰めてやろうかと、目だけでカイジの顔を見上げながら鈴口を軽く吸い上げた、その瞬間、
「ッ、うぁ……っ!!」
 カイジの腰が震え、掌中の熱がドクリと爆ぜた。
 急なことでぽかんとする俺の顔、口の周りを中心に、生温かい液体が容赦なくかけられていく。
「赤木さ……っ、あ、ぁ……」
 思いがけず早い終わりに本人も動揺したのか、カイジは声を抑えるのも忘れて大きく喘いでいた。

 俺に顔射しちまってると知り、カイジは慌てて腰を引いたけれど、その頃にはもうほとんど射精が終わっちまってたらしい。
 ヒクヒクと震えるソレを手で覆うようにしながら、カイジは絶頂の快感に荒い息をついている。
 その、陶然とした表情。
 赤く熟れた頬に滑り落ちる涙の粒、悩ましげに寄せられた眉、うすく開かれ吐息を零す唇。
「す、すんません……っ、赤木さん、オレ……っ」
 極めつけはその、掠れた涙声。
 必死に謝るカイジの前で、俺はゆっくりと体を起こす。
 顔にかかった生臭い液体を手の甲で拭い、怯えたように身を竦ませるカイジに向かって、俺はため息混じりに言った。
「お前……ダメだろ、その顔は……」
「え……? うわっ……!!」
 肩を押さえて押し倒すと、カイジは一瞬、なにが起こったかわからないというような顔をしたが、俺の表情を見てなにかを悟ったのか、泣きそうに顔を歪ませる。
 たぶん、顔射しちまったせいで、俺を怒らせたと思い込んでるんだろう。で、もう上はやらせてもらえないと、そう思ったんだろう。

 確かに、カイジに抱かれる気が、俺の中から綺麗さっぱり消え去ってしまったことは事実だ。
 ただし、理由が違う。
 単純に、勿体なくなっちまったからだ。
 後ろを奪われることについてではない。目の前であんなイイ顔を晒されて、コイツを抱かないなんて選択肢、あるわけねえだろ。
 それまでは結構いい感じで、コイツに身を委ねてもいいかって思うくらいには男らしさを発揮していたというのに、俺の手でイったあとの、あの表情を見てしまったら、そんなもん消し炭になって吹き飛んじまった。
 それほどまでに俺の劣情を掻き立てる顔をしてたってことなんだが、カイジは俺を怒らせたと思い込んでいるので、可哀想なくらい蒼白になり、でかい図体で縮こまっている。
 その様子すらも俺を煽っているとは、夢にも思っていないのだろう。
 そんなカイジが憐れに思え、思わず、
「馬鹿だなぁ、お前……」
 ぽつりとそう呟くと、カイジは泣き笑いのような情けない顔で「……はい……」と間の抜けた返事をする。
 だから、そういうのがいけねえんだって、と内心苦笑しながらも、しょげてる様子がどうにもかわいいので、誤解は解かないでおくことにした。

 この分だと、コイツに抱かれる日は当分来ねえだろうなぁと、自分から提案した手前、ちょっとだけ悪いと思いつつも、俺はカイジの手首をベッドの上に縫い付け、情けない笑みを浮かべるその唇を塞いだのだった。







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