蛇足 アカギが変人


 見た目の若さを裏切る白い髪。
 切れ長の目。
 高い鼻と薄い唇。
 すらりとしなやかな身形。
「カイジさん」
 と、呼ぶ声のトーンも、この間会ったときと多分なにも変わらない。

 それなのに、数ヶ月前とまったく別人のように感じられるのは、やたら派手になった服装のせいだろうかと、カイジはアカギを眺めながら思う。

「……カイジさん?」
 しかし、正直どうなんだそのナリは。
 白いスーツに虎柄のシャツ。ホストかヤクザぐらいのもんだろ、そんなもん好き好んで着るヤツは。
 それを平然とした顔で着こなし、堂々と街を闊歩する赤木しげるという男が、いよいよカイジには理解できなくなっていた。

 ここは歌舞伎町や六本木ではない。すこし寂れた住宅街なのだ。
 だからアカギの格好は死ぬほど目立つし、ぱっと見で、一般人が近寄ってはいけない類の人間だとわかる。
 己が危険人物だということを、自ら周りに示しているということなのだろうか?
 スズメバチの体色や、鮮やかな色の毒キノコと同じ……
「ねぇ。なんで、そんなに遠巻きにしてるの?」
「!」
 真面目な顔つきでしょうもないことを考えていたカイジは、アカギがそばに寄ってきていたことに気付くのが遅れ、顔を覗き込まれて飛び上がった。
「なんでって……」
 それくらい察しろよアホ、と心中で毒づきつつも、カイジは適当に誤魔化す。
「べつに、してねぇよ。遠巻きになんざ……」
「ふーん……」
 口の中でそう呟くと、アカギはぐっとカイジに近寄る。
 反射的に、詰められた距離の分カイジが後ずさると、アカギの顔に意地の悪い笑みが浮かんだ。
「カイジさん。キスしてもいい?」
「ば……ッ」
 周りに人がいたら確実に聞かれていたであろう音量でとんでもないことを言い出すアカギに、カイジは声を潜めて怒鳴る。
「馬鹿やろうっ! 外だぞっ、TPOってのを弁えろっ……!」
「なんですか? その、ティー……なんとかってのは」
 すっとぼけたように言いながらも、アカギはじわじわとカイジに近づいてくる。
「お前っ、ふざけんなっ……! わかってんだろっ本当はっ……!」
「ククク……」
 そんな応酬を続けているうちに、カイジの背中は電信柱にぶつかってしまう。
 しまった、と蒼白になるカイジに、アカギはニヤリと笑う。
 さらに一歩、アカギが足を踏み出したその時、カイジは咄嗟に牽制していた。
「それ以上近寄ったら、もう二度と口きかねぇぞ……っ!!」
 足を止め、眉を上げてカイジの顔を眺めたあと、アカギはその目をスッと細める。
「へぇ……そうなんだ。試してみてもいい?」
「は? ……ッ!」
 踏み出した一歩でふたりの距離をゼロにして、アカギはカイジに軽く口づけた。
 眼前で大きく見開かれた目がせわしなく周囲を見回したあと、正気を疑うように自分を捉えたのを確認してから、アカギはあっさりとカイジから離れる。
「っ、おまっ……!」
 すぐさまアカギにつっかかりかけたカイジだったが、含み笑いを隠そうともしないアカギの様子を見て、今しがたの己の発言を思い出したらしい。
 顔いっぱいに憤怒の表情を浮かべたまま、無言でアカギを振り切るようにしてカイジは歩き出した。

 隣に並んで歩調を合わせながら、その横顔にアカギは声をかける。
「カイジさん」
「……」
「カイジさん」
「……」
「カイジさんってば」
「……!!」
 ガバッと肩に腕を回され、カイジは文字通り飛び退くようにしてアカギから離れた。
「なんなんだお前っ、さっきからっ……!」
 肩で息をしながらギロリと自分を睨みつけてくるカイジに、アカギは口角を吊り上げる。
「よかったよ。あんたが口きいてくれて」
 涼しい顔でそんなことを言われ、カイジは『あっ』という顔をしたあと、負け惜しみのようにボソボソと言った。
「お前……変わったよな。最初に会ったときと比べて、なんか……ヘンなヤツになった」
『人間くさくなった』と『妙な挙動が増えた』を足して、そこに多少の悪意を上乗せし、カイジは今のアカギをそう評した。
「そういうあんたはまったく、変わらないね。もともとヘンな人だったしね」
「……」
「ふふ……冗談、冗談」
 アカギはくつくつと喉を鳴らして笑い、スーツのポケットからタバコとライターを取り出す。
 その憎たらしい笑い方と、タバコに火を点けるときにほんのすこしだけ目を伏せる癖が、数年前に出会った十九の頃の赤木のまんまだったので、カイジはその仕草をついじっくりと見てしまう。
 こいつ、本当に赤木しげるなんだな……、赤木しげるもこんな風に年を重ねて丸くなる生き物だったのかと、なぜかしみじみしてしまう。
「なに?」
 視線に気づいたアカギにタバコを咥えたまま問われ、カイジはぼそりと言った。
「……ようやく、見慣れてきた。お前のその、妙なイデタチ」
「見惚れた?」
「言ってろ」
 また昔と変わらない笑い方で笑われ、怒る気勢を中途半端に殺がれたカイジは、渋面をつくってむっつりと黙り込むしかなかった。





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