独占欲 短文 やってるだけ

 

 長い時間をかけ、身も心もどろどろに溶かして混ざり合うような行為の最中、自分の下で息を乱すカイジのことを、アカギはいつも、ついついじっと眺めてしまう。

 羞恥心を煽ってやろうとか、そういう邪心故の行動ではない。ただ単純に、その時のカイジの表情が好きなのだ。

 傷のある頬を上気させ、湿った額に前髪を張り付かせ、唇を噛んで眉を寄せる。
 見ようによっては、ひどく苦しげにも見えるその表情は、責める場所を変えるたびに、万華鏡のようにガラリと変化してアカギの目を愉しませるのだ。

 なにより、しっとりと濡れた瞳の奥に、炎が揺らめくように錯覚するほどの峻烈さが、常に見え隠れするのが、たまらなかった。
 ただ、しどけなく体を開いて快楽を享受するだけでなく、自らもアカギに絡みついて競うような貪欲さで求めてくる。
 普段は形を潜めている『獣性』とでも言うべきものが、容赦なく牙を剥いてアカギに噛みつこうとしてくる。
 カイジの瞳は、アカギにそんな印象を与えた。

 組み敷いているからといって、油断していると食い殺されそうだ。閨での役割こそ受け入れる側に甘んじているが、カイジも自分と同じ『男』なのだと再認識させられる。

 見ているだけで背筋がゾクゾクさせられるような、危険な瞳。
 そこから送られる視線が己のそれと交わり、絡むとき、アカギは心の裡にある余裕や理性も、ごっそりと絡め取られていくような気がしている。

 たとえばいつか、この人と本気の博打を打つことができたら、これに近く、しかしもっと鮮やかな表情を見ることができるのだろうかと、アカギは想像を巡らせるのだ。
 そういう顔をさせているのが他ならぬ自分だという事実がまた、全身の血液が沸き立ち、逆流するような高揚感を与えてくれるのである。



 だからこそ、他の誰にも、カイジのこんな表情を見せたくはなかった。
 万に一つもそんな心配、する必要などないとわかってはいるものの、いつの頃からだろう、そんな風に思うのを止められなくなっていた。

 これが、独占欲、というものなのだろうとアカギは思う。
 なかなかどうして、厄介な感情だった。

 カイジと肌を合わせるたび、どうにも陳腐な台詞が、つい口を突いて出そうになるのだ。
 内心、頭を掻きつつ、アカギはカイジの体に手や舌を這わせていく。


 カイジの体はどこもかしこも熱く、無骨な見た目を裏切ってとても敏感に反応する。
 その震えのひとつひとつを拾うたび、アカギは自身の唇や指先に、カイジの感じやすさが伝染してしまうような心地がした。
 普段は人並みよりうんと低いところで安定しているアカギの体温が、カイジと体を重ねていると、いとも簡単に微熱程度まで上昇してしまう。
 火照った体から熱を逃がそうとして、自然、アカギの吐息も熱くなる。
 普段はただ、無意識に繰り返している呼吸が、このときばかりは濃く、鮮やかに色づくように感じられた。

 相手から受け取るものすべてに溺れるような行為の最中、ふと、視線に気づいてアカギは顔を上げた。
「……どうしたの?」
 己の顔にとっくりと見入っていたカイジに声をかけると、微妙に目線が逸らされ、なにやら言いあぐねるようにもぐもぐ言い始める。
「お前っ……お前なぁっ……」
「オレが……、なに?」
 問いながら、アカギは愛撫の手を止めてしまう。
 なにか言いかけたなら、最後まで聞かせないと、続きはしてやらないという意思表示だ。
 意地の悪いやり方に、カイジは口をへの字に曲げてアカギを睨んでいたが、やがて観念したかのように、ぼそりと呟いた。

「お前なぁっ、そういう顔、オレ以外のヤツに見せんなよっ……」

 それまでの数倍は赤らんだ頬と、まるで逆恨みするみたいに据わった目。
 吐き捨てられた言葉は、アカギがカイジと肌を合わせるたび、なんども言いそうになっては飲み込んでいた台詞と、一言一句、違わなかった。

 さすがのアカギも、驚きに目を見開く。自分が口を滑らせたのかと一瞬思ったが、無論、そうではない。
 ふたりの間の空気を震わせたのは、確かにカイジの声だった。

 なんだかふて腐れているようなカイジの顔をしばらく眺めたあと、アカギは思わず、吹き出してしまう。
「……それはこっちの台詞だよ、カイジさん」
 こみ上げてくる笑いに肩を揺らしながらアカギが言うと、カイジは「は?」と眉を寄せたが、徐々に言葉の意味を理解するにつれ、息を飲んで目を見開いた。
「あ、アカギっ……」
 そう言ったきり、カイジは言葉を途切れさせてしまう。
 うろうろと惑う視線が、カイジの戸惑いを痛いほどアカギに伝えてくる。

 カイジの上で、自分がどんな表情を曝しているのかなんて、アカギは知る由もない。
 だが、だいたいの想像はついた。
 きっと、自分が独占したいと渇望するカイジの表情と、どこか似通っているのだろう。

 アカギはカイジの顎を掬い上げるようにして持ち上げると、落ち着きのない目線を自分の顔に固定してしまった。
 相手の瞳に映る自分の姿が、くっきりと見えそうなくらい近い距離。
「安心しなよ。あんた以外の誰にも、こんな顔見せやしないさ。……だから、ちゃんとこっち見な」
 ベタベタに甘い台詞を囁かれ、カイジは苦虫を噛み潰したような顔になりながら、それでもせわしなくうろつかせていた両の目を定め、アカギの双眸をしっかりと見返す。
「お前こそ……っ、目、逸らしたりすんなよっ……」
 負け惜しみのように言い返された言葉に、アカギの口角が上がる。
「そんなもったいないこと、誰がするかよ」
 視線が絡み合って、静かに高揚していく気分に任せ、アカギはカイジに口づける。
 それはそれは愉しそうに、喉を鳴らしながら。





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