写真 『逝夏』の続き カイジ視点 女々しい話


 帰り道、すっかり暗くなった土手を歩く途中、写真を撮らせてくださいと言ったら、赤木さんは苦く笑った。
「写真は苦手なんだがな」
 それはオレも同じだった。
 普段、写真なんて滅多に撮らないから、携帯電話の操作にちょっと手間取ってしまった。
 それでも、どうにかカメラを起動させて、顔の前に構える。

 ファインダー越しに覗く赤木さんの姿が一瞬、滲むようにぼやけ、すぐにくっきりとする。
 一歩、また一歩。
 赤木さんを狭い画面の中に閉じこめながら、すこしずつ後ずさっていく。
 写真が苦手だと言っていたけれど、赤木さんは文句を言わず、その場にまっすぐ立ったまま、動かないでいてくれた。

 浴衣姿の全身がおさまるところで、足を止める。
 長方形の枠の中、赤木さんと目が合った。

 あとわずか、一月と数日後。
 赤木さんはこんな風に狭い木枠の中に、その身をおさめているのだろうか。そしてその後、写真の中にしかいなくなってしまうのだろうか。

 とてもそんなことは信じられなかった。『神域の男』には、棺なんて窮屈な場所は、これっぽっちも似合わない。
 だけれども、ファインダー越しの赤木さんは、なんだかいつもよりすこしだけちいさく見え、急にピントが合わなくなったみたいにその姿がぼやけていくのを、どうしても止められなかった。

「笑ってくださいよ」
 赤木さんの表情も、滲んで見えなくなってしまったけれども、オレは努めて明るい声でそう言った。
 すると、輪郭の朧気な姿が、こちらに向かって歩いてくる。
 慌てて、オレは後ずさりする。だけど、オレが離れるよりも速く、赤木さんは距離を詰めてきた。
「なんで、近づいてくるんだよっ……!」
 鼻の奥がツンとして、駄々をこねる子供のように喚くオレに、赤木さんがぼそりと言った。
「なんでって、……見ちゃいられねえからだろ」
 大きくカメラの枠からはみ出して、赤木さんはオレのすぐ目の前に立つ。
 レンズを通していなくても、赤木さんの姿はぼやけていたけど、距離が近くなったので、その表情ははっきりと見えた。
 赤木さんは、ニコリともしていなかった。静かに凪いだ眼差しで、ただまっすぐにオレのことを見つめていた。
「……笑ってください」
 震える声でもう一度言うと、馬鹿みたいに未だカメラを構えたままの手を、乱暴に掴まれ、引き寄せられる。
「笑えるかよ。お前さんが泣いてるのに」
 低い声で言われて、沸騰したように熱い雫が、堰を切ったように溢れ出した。

 本当は、写真なんてすこしもいらなかった。
 ただ涙が零れそうになるのを誤魔化すため、カメラをかざして顔を隠し、赤木さんから遠ざかりたかっただけなのだ。
 それなのに、この人はそれすらも許してくれない。

 本当にひどい人だと言って、オレは笑った。
 オレが笑えば赤木さんも笑ってくれるのだろうかと、そう思って、笑った、つもりだったけど、果たしてちゃんと笑えていたのかどうかはわからない。
 
 濡れた頬を撫でる風はすでに秋のそれで、乾いたその温度は赤木さんの腕の中とよく似ていた。





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