三度



 己の額からぽつりと滴った汗が、組み敷いた相手の裸の胸に落ち、皮膚の下、鼓動が脈打つ振動に併せて震え、玉の形で転がり流れていく。
 その行く先を、なんとなくアカギがぼうっと眺めていると、
「お前……いい加減にしろよ……」
 憎々しげな声が耳に届いた。
 平板な胸を気怠そうに弾ませながら、睨みつけてくる三白眼は濡れている。
 目の縁を赤く染めたカイジがいったいなにに怒っているのか、アカギには察しがついていたが、あえて黙ったまま、カイジの動向を見守ってみる。
 すると、察しの悪い沈黙に焦れたように、カイジは苛立ち紛れの大きなため息をついた。
「……明日早いんだって、オレ言ったよな?」
 それは、知っている。が、
「そうだっけ」
 アカギが悪びれずにすっとぼけると、無言で蹴りが飛んできた。
 本気の蹴りじゃなかったので、避けずに脇腹を蹴られてやる。これでカイジの溜飲が下がればとアカギは思うのだが、まず無理だろうなとわかってもいる。
 案の定、カイジは裸足の踵でアカギの脇腹をぐりぐりと踏みながら、ねちっこく小言を言い始めた。
「好き放題やりやがって……しつっこいんだよ、毎度毎度、お前はっ……! 次はないと思え、このサルっ……!」
 カイジの罵り言葉は、いつもワンパターンだ。だから聞き流すのにもすっかり慣れきってしまい、欠伸を噛み殺すついでに、アカギはつい余計なことを口走ってしまう。
「三回も許しておいて、今さらなにを」
 あ、今のは火に油だったか。言ってしまったあとでアカギは思う。
 でも事実だからしょうがない、本当に嫌なら這ってでも逃げ出せばいいものを。そうまでされたらさすがのアカギも無理強いはしないだろう……たぶん。
 だけどカイジはそうしないし、口では嫌がっていても体は満更でもなさそうだったから、明日早いんだって口酸っぱく言われていたけれど、つい勢いのまま三回、してしまった。久しぶりだったし。

 まあ、だからといって『三回も許したあんただって悪い』というような言い草が、カイジの逆鱗に触れぬはずがない。
 きっとカイジは目を吊り上げ、さっきの倍の悪口が投げつけられてくるだろう。面倒だなと思いながらも粛々と聞き流す体勢に入るアカギだったが、予想に反してカイジはぐっと言葉に詰まり、口を開いてなにかを言いあぐねたあと、
「……『仏の顔も三度まで』だ……次、やったらマジで殺すからなっ……」
 苦し紛れみたいに、ぽつりとそう呟いた。
 予想外の反応に目を丸くするアカギに、カイジは「なんだよっ」と噛みつく。だが、その吠え声に先ほどのような勢いはなく、バツの悪そうな顔が、なにより雄弁に本音を物語っている。『図星を指された』と。
 それはつまり、アカギの言い分も認める気持ちがあるということだ。三度も許してしまったのは、本気で拒否する気がなかったから。
 自らそれを認めてしまうなんて、なんというか、正直なのか馬鹿なのか。
 その言動が、相手の邪気を掻き立ててしまうということを、知らないのならやはりこの人は馬鹿なのだろうと思いながら、アカギはカイジの顔をじっと見る。
 引き結ばれた唇、逸らされた目、拗ねているようにも見える表情。男に組み敷かれている状態でそんな顔を曝すなんて、本当に馬鹿だなぁと思いながら、アカギは静かに口端を吊り上げる。
「……じゃあ四度目をしたら、オレはいったいどうなっちまうのかな」
 白濁に濡れた下生えに触れると、カイジはギョッとした顔でアカギを見る。
「あっ、アホかっ……!! 次はねえって言っただろっ……!!」
 ジタバタと暴れるカイジの足首を捕らえ、アカギは嘲るように言う。
「仏罰でも下してみる? 殺されちまうかな……それもいい」
「この野郎……ッ!!」
 おちょくるような台詞に、カイジは頬を紅潮させて怒りを露わにする。目を細めてその瞳を見返しながら、アカギは口を開いた。
「カイジさんは仏と違って慈悲深いから、四度目だってきっと許してくれそうな気がするんだけど」
 試してみてもいい?
 問いかけの返事など待たぬまま、アカギは捕らえたカイジの足首を持ち上げ、踝に軽く歯を立てた。





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