よかった 初夜話 ゲロ甘



 いくらお互いを好き合っていても、それが同性同士となれば、初めて体の関係を結ぶ時には多少なりと抵抗があるってことぐらい、サルにだってわかりそうなもんだが、
「『待て』って……なんで?」
 残念ながらオレの好きになった相手は、サル以下だったらしい。

 主人の命令が理解できない犬みたいな顔で首を傾げる、アカギとの距離が異様に近い。当たり前だ、オレはなぜか今、ベッドに押し倒されているのだから。
 互いを好きだとわかってから、きっと十分も経ってない。それなのにこの状況、ちょっと展開が早すぎやしないか。
 やんわりと押さえ込まれた手首を動かそうと藻掻きながら、オレはできるだけやわらかい口調でアカギを諭そうとする。
「あのな……っ、アカギ。こういうのには普通、心の準備ってもんが必要で……」
「オレはもう、完璧に出来てる」
 きっぱりと即答され、思わず一瞬押し黙ってしまった。
「お前は完璧でも、オレはまだぜんぜんなんだよっ……!!」
 こいつ、マジでサルなんじゃねえのか? なんでこんなにヤル気満々なんだよ、話というか、こっちの意思がまるで通じてねえし。
 普段はこんなじゃない、めちゃくちゃ理性的で頭もキレるヤツなのに、どうしてこんな風になっちまったんだ?
 密かにパニクるオレの顔を至近距離から見下ろして、アカギはクククと喉を鳴らす。
「もしかして、怖がってる?」
「そういうわけじゃねえ!!」
 威勢よく啖呵を切ってからはっとする。しまった。つい乗せられちまった、こんなわかりやすい挑発に。
「じゃあ、いいじゃない」
 アカギはそう言って、すっと目を細める。
 クソっ……ああいう風に言い切ってしまった以上、『やっぱ本当は怖いです』なんてもう二度と、口が裂けても言えなくなっちまった。女の子ならそれでも許されるかもしれないが、オレは男だ、矜持ってもんがある……一応。
 自分で自分を袋小路に追い詰めたようなもんだ。呆れるほど単純な己の性格をひたすら呪うオレに、アカギはちらりと浅く笑う。
「『心の準備』がどうのって、あんた言ってたけど、オレはずっと前からあんたとしたいって思い続けてたから、改めてそんな準備する必要、ぜんぜんねえんだよ」
「……な、っ……」
 なんだコイツ、なに言ってやがる? 素面でサラッと言うような台詞じゃねえだろ。いや、泥酔してたってキツいぞこんなん。
 カーッと頬が火照っていくのが自分でもわかる。これだから、世間からズレてるヤツはヤなんだよ。常識ってもんが、まるで通用しねえんだから。羞恥とか矜持とか、そんなもんあっさり踏み拉いて、思ったことをストレートに口に出すんだから。
 無理やり押さえつけられてるって感じはしねえのに、上からのし掛かるアカギの体はどう身じろごうともビクともしない。
 唇を噛んでアカギから目を逸らす。不本意だ。ものすごく不本意だがしょうがない。肉体的にも精神的にも退路を断たれてしまったのだから、潔く腹を括る他ないだろう。
「……下手クソだったら、承知しねえぞ」
 負け惜しみじみた言葉を吐き捨てると、アカギはクスリと笑って、よく狎れた猫みたいに頬を擦り寄せてきた。
「今までした誰よりもいちばんよかったって、言わせてあげる」
 耳許で囁かれて、ゾクリと膚が粟立つ。
 誰よりもいちばん、って、オレ男相手はお前が初めてなんだけど。女の子とも、片手で足りるほどしかしたことねえし。
 それでも因果な性分で、虚勢を張らずにはいられない。
「……たいした自信だな」
「賭けてもいいよ」
 不敵な笑みとともに、下肢に手を伸ばされる。
 核心的な部分をするりと撫で上げられると、思い出したように恐怖心が暴れ出した。体中に鳥肌が立つ。
「あ、や、やっぱちょっと待ーー、ッん」
 焦って制止しようとしたオレの声は、アカギの口内に呆気なく飲み込まれてしまった。






 タバコに火の点く微かな音、ジッポの蓋が閉まる金属音。すこし遅れて漂う、煙の匂い。
 すぐ隣にあるはずのそれらすべてが、なぜだか遥か遠くに感じられる。五感がバカになっているのかもしれないと思いながら、静かに呼吸を整えていると、
「大丈夫?」
 と声をかけられた。
 咥えタバコのまま、アカギがオレの顔を覗き込んでいる。ムカつくぐらい落ち着き払っているその様子を見ながら、オレは頷くことすらできずにいた。

 大丈夫かと問われれば、まあ、大丈夫なのだろう。ケツを中心に体のあちこちは鈍く痛むが、それも軽い筋肉痛程度のもので、身構えていたよりぜんぜん、大したことなかった。
 しかし、問題はそこじゃないのだ。
(ヤバかった……)
 これがオレの、率直な感想だった。
 正直、アカギとの行為がクセになりそうなくらいよすぎて、頭がまだうまく回らないのだ。
 よかった、しゃれになんねえくらい、死んじまうかもって思うくらい。というか、実際なんべんか『死んじまう』って口走った気がする……その度に、『クク……それは困るな』とかなんとか言って、アカギが焦らすみたいに手を止めるものだから、たまらなかった。
 喉が涸れるくらい声を上げ、泣きながら全身でアカギを求めた。最後の方なんて、自分で足を開いてた気さえする。
 思い出すだにいたたまれない。こういうもんなのか、男同士の初めてって!? 違うだろ、ぜったい。初めてなのにこんな、アホみたいに気持ちいいなんて、予想の斜め上を行き過ぎてて動揺を隠しきれない。
 
「……で、どうだった?」
 オレの心中を読み取ったかのように、アカギが尋ねてくる。答えなんてわかりきってるとでも言いたげな表情で、汗で額に貼りついたオレの髪を梳いてくる。
 クソが、気色悪いことすんじゃねえ。だいたいお前はなんなんだ、なんであんなに丁寧にするんだよ。いつもの傍若無人な振る舞いはどうしたんだよ、ぜったい痛くされるって、身構えてたオレが馬鹿みたいだろうが。
 どうするんだよ、どう責任取ってくれんだよ。あんなにはしたなくよがっちまって、オレ完全に男好きの変態みたいじゃねえか。
 さまざまな文句が脳内を駆け巡るけど、腰が砕けそうな快感が未だに尾を引いているせいで、なにひとつ言葉になってくれない。
 鋭い双眸をこころなしか和らげて、アカギは答えを促すようにオレの顔をじっと見つめてくる。
 オレは軽く息をつき、アカギの顔を見ないでぼそりと呟いた。
「よ……かった……」
 たった一言、するりと唇の間から滑り出たような言葉なのに、自分の耳で拾ったとたん猛烈に恥ずかしくなって、
「なんて……言うわけねえだろバーカバーカバーカっ……!!」
 思わず、ガキみたいなことを口走ってしまった。
 我ながら、この誤魔化しかたはどうかと思う。なんかもう泣きそうだった、自分が情けなさすぎて。
 アカギは「あらら、」と声を上げ、短くなったタバコをヘッドボードの灰皿に押し付ける。
「……それ、本心?」
 アカギはゆっくりと口端を吊り上げ、オレに顔を近づけて囁く。
 本心、じゃない。本当は、めちゃくちゃよかった。今までした中で、誰よりもいちばん。
 でも、そんなこと言えるわけがねえだろ。女の子とするよりも自分が女役をやる方がずっとずっとよかっただなんて、言うくらいなら舌噛んで死んだ方がマシだ。
 黙り込んだまま頷くと、アカギは「ふーん」とそっけなく言って、それからクスリと笑う。
「じゃあ……もっと頑張らなきゃ……」
 呟くやいなや、まったく無防備だった首筋に口付けられ、オレは体をびくんと跳ねさせてしまう。
「ば、バカっ、お前、また……っ」
 完全にスイッチがオンになってしまったらしいアカギの様子に、本気で焦った。勘弁してくれ、これ以上されたら、きっとオレはどうにかなっちまう。
 しかし悲しいかな、体は覚えたての快楽に従順で、抵抗するどころかアカギの体に沿うようにぐにゃりとなって、早くも期待に火照り始めている。順応性高すぎだろ、オレ。
 嫌だ、きもちいい、恥ずかしい、もっとしてほしい。好き。
 いろんな感情がごちゃ混ぜになって、くらくらと目眩がする。それなのに、
「ねえ……今度はカイジさんが教えてよ。どこをどうすればいいのか、教えてくれたら、ぜんぶその通りにしてあげる……」
 アカギがそんなことを囁くもんだから、オレはどうすればいいのかわからなくて、本気で泣きそうになるのだった。






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