博打と喧嘩と ちょっと成長したしげるとカイジ


 深夜のコンビニ。

「ハイライトふたつ」

 レジの向こうからそう声をかけられ、カイジは黙ったまま後ろの棚から商品を取り出す。
「年齢確認お願いします」
 バーコードを読み取ってそう案内すると、客はすぐに『私は二十歳以上です』という画面のボタンをタッチした。
 カイジは手を止め、眉を寄せて顔を上げる。
「……堂々と嘘ついてんじゃねぇぞ、このガキ」
 声を低めてぼそりと言うと、レジ前に立っていた客が「あらら」と声を上げた。
「気づかれてないと思ってた。カイジさん、客の顔なんて見てないから」
 意外そうに笑うのは白髪の男。しかしその風貌は少年と青年のちょうど中間くらい、逆立ちしても成人しているようには見えない。
「声でわかんだよ、声で」
 カイジが言うと、男は眉を上げた。
「へぇ……声も、けっこう変わったって言われるんだけど」
 喉仏を触りながら感心したように言う男に、カイジは「で?」と問いかける。
「お前はいったいなにしに来たんだ、しげる。……タバコは売ってやらねえぞ」
 しげる、と呼ばれた男はスッと目を細めた。
「カイジさん、バイト何時まで?」
「ん……もう三十分くらいで上がり」
 時計を見ながらカイジが答えると、
「じゃあ、待ってる」
 そう言って、しげるはなにも買わずに店の外へ出ていく。
 カイジはため息をつくと、レジの上のハイライトふたつを棚に戻した。



 勤務を終えたカイジは、店の前に立っているしげるの姿を見つけると、まっすぐ近づいていった。
「……ん」
 そう言って、しげるの前に棒アイスを突き出すと、しげるは眉を顰める。
「タバコの代わりだ。それでも食っとけ」
「……ならねえよ、代わりに」
 声を低くしながらも、しげるは素直にアイスを受け取った。それを見たカイジも、自分の分をコンビニ袋から取り出すと、さっそく封を切って齧りついた。

 蒸し暑い夜。
 ラムネ味のアイスをふたりして食べながら、帰路をたらたらと歩く。
 なんとなく上滑りするような沈黙に一方的な居心地の悪さを感じて、先にそれを破ったのはカイジの方だった。
「……久しぶり」
 アイスを咀嚼するのに紛れさせるみたいな、もごもごとした呟きに、しげるは「うん」と頷く。
「二年くらいか? この前会ってから」
「……さぁ。そのくらい経つのかな」
 曖昧なしげるの答えに、相変わらずだなとカイジは内心苦笑した。

 しげるがまだ学生服に身を包んでいた頃に、ふたりは出会った。一時期は毎日のようにカイジのもとを訪れていたしげるだったが、もともとひとつの塒に長く留まる習性ではないので、ふらふらとすぐにどこかへ行ってしまい、しばらく姿を見せなくなった。
 そして、カイジが忘れかけた頃にまたひょっこり姿を現す。今夜のように。
 しげるは会わなかった時間の長さになど頓着しないのだ。最後に会ってから約二年、子供の成長は早い。
 背はずいぶん伸びたし声も低くなったし、顔つきや体つきも着実に大人のそれへと変化しつつあるけれど、一時は慣れ親しんだ面影や妙にズレている言動などは変わらなくて、何年のブランクがあろうともしげるはしげるなのだと、再会の度にカイジは再認識する。

 甘いものが好きではないところも、変わっていない。
 気乗りしない様子で甘いアイスをちびちびと食べ進めるしげるの横顔を見ながら、カイジは訊いた。
「なんか、変わったこととかあるか?」
「……べつになにも」
「相変わらず、博打と喧嘩の日々かよ」
 カイジの言葉に、しげるはアイスを食べながら答える。

「それだけでもないさ。あんただっている」

 しげるがあまりにも自然に、さらりとそんなことを言ってのけるから、カイジは口に放り込んだアイスの最後の一かけを、咀嚼もせずに飲み下してしまった。
 喉を焼くような冷たさにカイジは静かに悶絶する。そんなことにはまったく気がついていないように、しげるは続けた。

「博打と喧嘩とカイジさん。それだけあれば十分」

 なんでもないことのようにそう言って、つるりとした顔で氷菓子を食べ続けるしげる。
 一方で、ようやくアイスの塊を喉奥へ押し込んだカイジは、はーっと大きく息をついた。

 完全に意表を突かれた。まさかしげるの口からあんな言葉が出てこようとは。
 しかも、あんなに自然に。ドギマギしているのはカイジだけで、当の本人は顔色ひとつ変えていない。
 カイジは混乱しそうになる。こんなところで、会わなかった年月分のギャップを感じさせられるとは。学生服を着ていた頃となにも変わらないと思い込んでいたのに、思いも寄らぬ方向から刺されたような感じだった。

「博打と喧嘩と、同列に並べんなよな……滅多に顔も見せねえ癖によ」
 どうリアクションして良いかわからず、内心の動揺を誤魔化すためにぶっきらぼうな口調でカイジが言うと、しげるはカイジを横目で見て、ニヤリと笑った。
 なんだよその顔は。
 そう噛みつこうと開かれたカイジの口に、しげるは自分が食べ終わったアイスの棒を突っ込んだ。
「!!」
「あげる」
 目を白黒させて立ち止まるカイジにそう言うと、しげるは自身のシャツの胸ポケットから、既に開封済みのハイライトのパッケージを取り出し、一本咥えて火を点ける。
 堂に入ったその仕草で、喫煙を始めたのが昨日や今日じゃないことが見て取れた。いったいどこで手に入れたものなのかは知らないが、とりあえずさっきのコンビニで堂々とタバコを注文してみせたのは、挨拶代わりにおちょくられていたのだとカイジは今さら気づかされた。

 怒るべきか、呆れるべきか。どうにも態度を決めかねて固まっているカイジに、しげるは煙を吐き出して浅く笑い、
「また、来るよ」
 そう言って、カイジを残して風のように軽い足取りで歩き去っていった。

 あっという間にその後ろ姿は薄闇の中に消え、ひとりぽつんと取り残されたカイジは、狐に化かされたかのようにしばらくそこに突っ立っていた。
 口に突っ込まれたアイスの棒を抜き取って見ると、そこには『あたり』の文字。
「あいつ……」
 本当になにしに来たんだか。カイジは呆れ、思わず力の抜けた笑みを漏らす。

 まあ、元気そうでなによりだったなと思いながら、『あたり』の棒をコンビニ袋に仕舞うと、自分が食べた方のなにも書いてない棒を近くにあったゴミ箱へ投げ入れ、カイジはしげるとべつの方向に、ゆっくりと歩いていった。





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