ふたたび、ホテルで(※18禁)・2
「で、どうしてこうなるんだよっ……!!」
一時間後。
とあるホテルの一室に、カイジの大声が響いていた。
額に青筋を立て睨みつける、その視線の先にいる人物は無論、赤木しげるである。
ふたりの間には黒いテーブルがあり、その上にはレストランのメニューに似た、薄っぺらいラミネート加工の冊子が堂々と開かれて鎮座していた。
カイジが必死に目を背けようとしている、その冊子の中身は……
『愛の時間を演出する レンタルコスチューム』という、ポップ体でドデカく書かれたピンク色の文字の下に、セーラー服やナース服、体操着にブルマー、スチュワーデスやメイド服など、さまざまなコスチュームに身を包み、はにかんだような笑みを浮かべて男心を擽るポーズをとっている、たくさんの美女たち。
……つまり、コスプレ衣装のカタログなのだ。
『それじゃ……行こうか、カイジさん』
そう言って不敵な笑みを浮かべたアカギに連れて来られたのは、とあるラブホテル。
いつも負債の返済時に利用している、ビジネスホテル然としたシンプルなラブホではなく、今まで一度も入ったことのない、妖しげな照明がいかにもといった雰囲気を醸し出す、西洋の城のような外装のホテルだった。
このメルヘンな建物に男ふたりで乗り込むことに、カイジはかなりの抵抗を覚え、逃げ出そうと試みはしたが叶わず、引きずるようにして強引にこの部屋へ押し込まれたのだ。
どぎつい外見とは裏腹に、入ってみると案外普通のラブホテルだったわけだが、カイジがホッとしたのもつかの間、アカギがコスプレカタログなどというとんでもないものを持ち出したため、カイジの大声がこだますることになったといういきさつである。
テーブルを挟みカイジと対峙するアカギは、黒い革張りのソファにどっしりと腰掛け、口を開いた。
「あんた、オレに自分にばっか構ってないで、女でも作れって言っただろ。が、生憎、今のところオレにその予定はない」
アカギの顔に、凶悪な笑みが浮かぶ。
「だったら、いっそあんたが女になればいい。そしたら、万事解決だろ?」
「なわけあるかっボケっ……!」
無茶苦茶な暴論だと、イヤな汗をかきながらカイジは思う。
今、ハッキリした。
天才とナントカは紙一重とか言うが、それどころの騒ぎではない。
こいつは、紛れもなく、正真正銘の、
「とんでもないアホだろ、お前っ……!!」
「グダグダ言ってないで、さっさとどれ着るか選びなよ」
カイジの暴言をさらりと流し、アカギはカタログを顎で示す。
「馬鹿やろうっ……!! 誰が女装なんか、っ……」
机を強く叩き、怒りも露わにアカギに詰め寄るカイジだったが、アカギの無言の圧力に押し潰されるように、語尾がだんだんと萎んでいった。
「つくづく学習しねえな、あんた」
最初の勢いはどこへやら、口の中でなにごとかをぐちぐちと言うだけのカイジを、アカギは鼻白んだ顔で見る。
その冷たい視線に恐怖を感じつつも、カイジはなんとか女装から逃れる口実を必死に探した。
「サイズっ! そう、サイズが……」
「大丈夫。ほら」
そう言って、アカギは指でカタログを示す。
そこには小さめの文字で、『※サイズはXSから3Lまで取り揃えてございます』との記述があり、カイジを深く絶望させた。
「いくら女物でもこれだけサイズがあれば、カイジさんの体型なら余裕でしょ」
「いや、いやまてっ……落ちつけアカギっ!」
このまますんなり女装させられてたまるかと、大量の冷や汗をかきながらもカイジはアカギの翻意を促そうとする。
「確かに、サイズは余裕かもしれない……、がっ! どちらかというと、オレのメンタル面での余裕が」
「十秒以内に選ばないと、問答無用でコレにするから」
白い指が指したのは真っ赤なハイレグと大胆な網タイツがセクシーなバニーガールで、二十種以上に及ぶコスプレのレパートリーの中で、一、二を争う破廉恥さを誇るそれに、カイジの口から「ひぃっ」と情けない悲鳴が漏れる。
そうこうしている間に、さっそくアカギは非情なカウントダウンを始めており、カイジは焦燥に駆られつつ歯を食い縛った。
女装。女装、だと……っ!?
いったいなにが悲しくて、こいつの前でそんな醜態を晒さなきゃならんのか。
しかし、こいつはやると決めたら必ずやる男だ。それは今までの経験で、痛いほど理解している。
ここで他の衣装を選ばなければ、強制的にバニーガールにさせられるのは必至……!
ならばせめて、露出のすくないものを自ら選択する他ない。
「5、4、3、2……」
じりじりと追い詰められていくなか、カイジは目を皿のようにして素早くカタログを見渡し、目についた中でいちばんマシなものを咄嗟に指さした。
「くっそ……、こっ、これだっ……!」
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