ラブメディスン・2(※18禁)



 飲み始めてから数時間。
 カイジもすっかりできあがったその頃、ついに、アカギの待ちわびたそのときがやってくる。
「ちょっと、トイレ……」
 そう言って、ふらりと立ち上がったカイジの背中を見送って、アカギは鞄から瓶を取り出した。三角柱という変わった形状の瓶には、ピンクのラベルが貼ってあり、ミミズの這ったような外国語でなにか書いてある。
 全体に花や蝶の意匠が彫りこんであって、一見、香水の瓶に見えなくもない、洒落たデザインだった。
 ……ラベルのど真ん中に鎮座する、裸の女のイラストがすべてをぶち壊していたが。
 回し開けたフタに、中身を注ぐ。小さなフタ一杯分で、十分すぎるほどの効き目があるらしい。

 あとはこれを、カイジのグラスの中に垂らせば……

「アーカーギー……」
 すぐ背後からの声にアカギはぴたりと手を止めた。
 振り返るとトイレに立ったはずのカイジがそこにいて、不敵な笑みを浮かべている。アカギは内心舌打ちしつつ、フタに注いだ薬を瓶に戻す。
「なーんか、怪しいと思ってたんだよ、お前の態度っ……! 何か、隠してるっていうか……!」
 ざかざか歩き、カイジはアカギの隣にどかっと胡座をかく。
「纏う空気がざわついてるっていうか……!」
 アカギの腕をはしっと掴み、カイジはギロリとアカギを睨んだ。
「アカギ、お前……」
 悪びれることなく、まっすぐその目を見返しながら、次にとる行動を考えるアカギ。だが、カイジのほうが一拍、早く動いた。

「一人で楽しむつもりだったんだろ、その酒……! オレに隠れて……!」

 そうはさせるかよっ、とカイジはアカギの手から素早く瓶を奪った。思いがけぬ展開に呆気にとられるアカギをよそに、カイジはしげしげと奪った瓶を眺める。
「へぇ〜……なんだ? ウイスキーか? ずいぶんとしけた量じゃねえか」
 とろりとした琥珀色の液体をちゃぷちゃぷと揺らし、カイジはぐいっと口角を上げた。
「だが……赤木しげるの秘蔵っ子だ、さぞ値がはって、うまい酒なんだろうなぁ!」
 言うがはやいか、カイジは瓶に口をつける。
「あ」
 流石にそれはマズイんじゃ……とアカギは思ったが、カイジは喉を鳴らしながらあのうさんくさい液体を一気飲みしていく。ごく、ごく、と小気味良い音をたてながら減っていく瓶の中身を、アカギは黙って見つめるしかなかった。

 くいっ、と喉を反らして最後の一滴まで飲みきったカイジは、空になった瓶をどんっと机に叩きつけた。袖で豪快に口をぐいと拭い、してやったりという顔でアカギを見る。
「……ふ〜。どうだ、参ったかっ……! このオレに隠れて酒を楽しもうなんざ、ひゃくねん、は、や……」
 いきなりカイジがふらりと後ろに倒れたので、アカギは咄嗟に腕をのばして体を支えてやる。
「カイジさん? 大丈夫……

じゃ、ねえな……」
 カイジは気を失っているようだった。目は薄く閉じられ口は半開き、顔色はさきほどとうってかわって蒼白である。
 眉唾物ではないとしたら、あのクスリ、どう考えても大量摂取していい類いのものではない。なにせ舐める程度で効果十分、明け方まで乱れさせられるという触れ込みの代物だ。流石に死にはしないだろうが……医者にみせたほうがいいだろうか。どうしたもんか、と考えていると、ものの数秒でカイジは目を開いた。
 カイジは傾いだ体勢を戻し、虚ろな目でぼうっと虚空を眺めている。壊れた……のだろうか。確かめようと、アカギはカイジの名前を呼んだ。
「カイジさん?」
 カイジはゆっくりと頭を巡らせ、アカギの顔を見た。瞬きひとつせずアカギの顔を眺めている。
 すると、
 つぅーっ。
 カイジの鼻から、血が一筋垂れてきた。
「カイジさん、鼻血……」
 アカギの声にも、カイジは固まったまま。赤い筋は唇まで到達し、半開きの口の中に入ろうとしていた。アカギは卓の上のティッシュを数枚取って、カイジの鼻血を拭いてやる。こりゃ、イかれちまったかな、などと考えるアカギの顔を、カイジはひたすら見つめ続ける。

 唐突に、アカギの腕をカイジが掴んだ。アカギがカイジの顔を見ると、蒼白だった顔色が元に戻っている……どころか、頬が湯上がりのように上気していた。おまけに、目まで真っ赤に充血している。
 カイジはアカギの腕を引き寄せ、ぶつけるように唇を重ねる。
「ん……んぅ」
 くぐもった声をあげて、すぐさま舌がもぐりこんでくる。状況を飲み込もうとするアカギの、動かない舌が吸い上げられ、なだらかな歯列をなぞられる。カイジの口内は、酒のせいだけでは説明がつかないほど、火傷しそうに熱かった。絶えず送られる唾液は血の味がして、アカギは眉を寄せる。
 たっぷりアカギの口内を味わい尽くしたあと、ちゅ、と音をたてて唇を離したカイジは、熱のこもった目でアカギを見詰め、低く一言、
「ヤらせろ」
 と呟いた。



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