ネズミ・2 


 ふたりでコンビニに行く道すがら、いつも通る並木道。
 つい最近まで黄色の葉で賑々しかった銀杏並木も、いまやすっかり葉が落ちて寒々しい。
 もう冬かあ、などと、どうでもいいようなことをカイジが呟いたちょうどそのとき、北風がびゅう、と吹きつけた。

 咄嗟に目を瞑ってしまうほどの、強い風だった。
 風がおさまるのを待って瞼を上げると、なんだか目がゴロゴロする。
「あー、ちょっと、目にゴミが……」
 カイジは足を止め、隣のしげるに声をかけたが、聞こえなかったのか、しげるはどんどん先を歩いていってしまった。
 まあ、そのうち気付くだろうと、カイジは立ち止まったまま、目を擦る。

 瞬きをたくさんして、目の中のゴミを押し出してみようと試みるが、なかなか違和感はなくならない。
 異物から目を守ろうと、生理的な涙が滲み始める。
 そのまま、涙でゴミが流れてしまうのを待とうとした、カイジのぼやけた視界の中に、歩いてくるしげるの姿が見えた。
「悪い。ちょっと、目に……」
 ゴミが入って、という弁解が終わる前に、カイジはしげるに手首を掴まれた。
 その動作が乱暴だったので、カイジはきょとんとした。気のせいだろうか、しげるはなんだか、怒っているように見える。
 疑問符をいっぱい浮かべるカイジの目をじっと見て、しげるはぼそりと言った。

「オレ以外の人の前で、泣かないで」

 そうして、呆気にとられるカイジの、濡れた目の縁を自分の親指でそっと拭った。

 その瞬間、ぽろり。
 カイジの目から涙が零れ落ちた。

 目の中のゴミも流れていったのか、ゴロゴロはなくなったけれど、クリアになった視界の中のしげるはやっぱり、むくれたような顔をしていた。
 言われたことを冷静に反芻し、カイジは口を手で覆って下を向く。

 こいつ、なんつう恥ずかしいことを……っ!

 しげるがどういうつもりでこんなことを言ったのか、カイジには知る由もなかった。だが、おそろしく恥ずかしいことには変わりない。
「カイジさん?」
 カイジの反応に首を傾げるしげるを睨むように見て、カイジは言った。
「お前……自分が今、なに言ったかわかってんのか……?」
「?」
「いや……なんでもないっ……」
 しげるは平然としていて、カイジは自分だけがこんなに戸惑っていることにバカバカしくなった。

 しげるにとってはたぶん、なんでもないことなのだ。なにを思ってあんなことを言い出したかは知らないけど、なんか妙に、ズレたところのあるやつだし。だから、こんな風に意識してしまう必要なんて、これぽっちもないのだ。
 あーバカバカしい、あたふたして損した。

 自分自身にそう言い聞かせてみても、恥ずかしさは消えることがなく、ばつの悪さを誤魔化すためにカイジはわざと大きな足音をたてて、歩き出した。

 なんだか急にぶすっとしてしまったカイジに、しげるはまたしても首を傾げる。
「カイジさん、怒ってる?」
「怒ってねえよ」
 そう言うカイジの声はぶっきらぼうだったが、確かに怒っているわけではなさそうだ。むしろ、怒った風を装っている、といったほうが正しいような、わざとらしい声色だった。
 カイジの涙が目に入ったゴミによるものだと知らないしげるは、とりあえずカイジが泣き止んだことに安堵する。

 それにしても、としげるは思う。
 一度泣きだすとなかなか涙を止められないカイジさんが、こんなにあっさり泣き止むなんて。
 なんだか変な顔をしていたのが気になるけれど、今度から、カイジさんが人前で泣きそうになったら、さっきの台詞を使おうか。

 そんな、カイジが知ったら全力で止めるようなことを考えながら、しげるはカイジの隣に並び、ふたりはまたコンビニへと歩き始めたのであった。






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