代償(※18禁)・1



 床の上に撒かれたトランプの上に頬を押しつけ、カイジは目を白黒させていた。
「カイジさん、もっと力ぬいてくれないと、入んない」
「ぐ……っ」
 音が出るほど強く歯噛みして、カイジは唸る。
(くそっ!! くそっ!! なぜ、こんなことに……っ!!)
 むき出しの背中にびっしりと浮かんだ汗が、脇腹をくすぐって落ちた。


 カイジは今、素っ裸で床に這い、腰を高く上げている。
 そしてその背後にはアカギが座り、屈辱的な姿を能面のような顔で眺めていた。



 ことの発端は数時間前。
 自宅でゴロゴロしていたカイジの許に、アカギが訪ねてきたのだ。
 カイジの読み通り、アカギは自分の意思で再びここへやってきた。

「これ、ありがとうございました」
 アカギは玄関先で突っ立ったまま、カイジに借りていた服を手渡す。
「あと、これ」
 そう言って、アカギは鞄から札束を取り出し、カイジに突き出す。
「え?」
「こないだの礼。ちゃんと、物騒じゃない金だよ」
 アカギは薄く笑い、呆気にとられているカイジに札束を無理矢理握らせた。
 その厚みは、明らかに前の倍以上ある。
「それじゃ」
「ま、待てよっ」
 用は済んだとばかりに帰ろうとするアカギを、カイジは反射的に引き止めていた。
 ドアノブにかかっていた手が止まる。
「この金、こんな大金、どうやって手に入れたんだよ?」
「……」
 一瞬の沈黙のあと、アカギは答えた。
「ギャンブル。麻雀の代打ち」
(……!!)
 やっぱり只者じゃなかった。カイジは思う。
 この金額。一般的な賭け麻雀で手に入れられるものではない。
 つまり、この男は裏の世界に通じているのだ。
 更に驚きなのは、こんな金額を惜しげもなく、ほとんど面識のない他人に渡してしまえる、その狂った価値観。
「言ったでしょ。オレには必要のないものだって」
 それを指摘すると、アカギは事も無げにそう答える。
 淡々とした口調からはケチなプライドなど微塵も感じとれず、本心からそう言っているのがわかった。

 カイジは唾を飲み込むと、アカギに告げる。
「そんなに要らない金なら、オレがいただいてやるよ……」
 二対の、黒い瞳が交差する。
「どうせ他にもあるんだろっ。ここには無くても、お前がギャンブルで溜め込んだ金がっ。オレが全部いただいてやるよっ……!!」
 カイジは精一杯、不敵に笑ってみせる。
「オレと勝負しろ、アカギ。お前のあり金全部賭けて、オレと勝負しろっ!! 」
 勝てば、この借金生活から抜け出せるかもしれない。
 早い話、欲に目が眩んだのだが、カイジのギャンブラーとしての血が、この得体の知れない魔物のような男と戦ってみたいと叫んだのもまた事実だった。
 アカギはククッ、と笑い、カイジに向き直った。
「いいぜ……その勝負、乗った」




 そして紆余曲折を経て、この状況に至る。
(滅茶苦茶だっ……!! なんだよこれっ……!! こんなんありかよっ……!!)
 床に撒かれたトランプを強く握りしめ、カイジは涙で視界がぼやけてくるのを必死に耐えた。

 確かに、アカギの強さは滅茶苦茶だった。
 ポーカー、ブラックジャック、ジンラミー。
 どんなゲームをやらせても、アカギは100%カイジに勝つ。
 ギャンブラーとしての素質はもちろん、それ以外に人間では計り知れない、なにか神憑り的な力を持っているとしか思えないような引きの強さがアカギにはあった。

 そして、いったん場がアカギの流れになると、あとは坂道を転がり落ちるようだった。
 カイジは早々に全財産をむしられ、それでも更に勝負を仕かけてきたアカギに乗せられ、あろうことか自分の体まで担保にかけたのだ。

 結果は惨敗。
 カイジの土壇場力は、アカギの圧倒的な力の前に竦んだように、発動すらしなかった。
 相手は確実にカタギではない。
 腕か、足か。体の損壊は免れないだろう。
 戦々恐々とするカイジの、手指の縫合痕をちらりと見て、アカギは喉の奥で笑ったのだった。

『あんたの予想通りにしてやるのも、つまらねえな……』




 突然、体に走った衝撃に、カイジは瞠目した。
「っぐ……!! あ……っ」
 乾いた指が、無遠慮に後腔へと押し入ってきたのだ。
 体を引き裂かれるような痛みに、血が滲むほど歯を食いしばって耐える。
 アカギが要求したのは、腕でも足でもなく、カイジが体を開くこと。
 女のように体を開いて、自分を受け入れさせることだった。
 常軌を逸したその要求に驚いたものの、五体の安全が確保されたことに、カイジは内心ほっとしていた。
 だが、そんな気持ちは、圧倒的な屈辱と激痛であっという間に消し飛んだ。

「ぅ……っ、ちく、しょ……!! 畜生ッ、痛……っ!! あ、くそ……っ、いて、ぇ……っ!!」
 痛みと嫌悪感で涙が溢れる。体が凍えたように震えて言うことを聞かない。
 カイジの後腔を探っていた指が、突如引き抜かれた。
「……あ?」
 恐る恐る振り返ると、アカギは窓際に寄り掛かって、タバコを取り出していた。
「な、なん……」
「いいよ、もう。なんかうるさくて、やる気が失せた」
「……っ」
 そうかよっ、とばかりに、そそくさと服を集めようとして、カイジは動きを止めた。
 タバコをくわえたまま、ごく細くカーテンを開けて窓の外を見るアカギの横顔には、カイジに対する嘲笑も侮蔑も浮かんでいない。
 ただ本当に、全ての興味を失ったかのような、なんの感情も読み取れない顔だった。
 カイジに押し付けた札束を、必要ないと言いきった時のような顔。

 カイジは何故か猛烈に悔しくなった。
 自分が、この比類なき男にとって、取るに足らない存在だと決定づけられた気がして。
(……くそっ!! なんかオレ、カッコ悪い……!!)
 集めようとした服をぎゅっと握りしめる。
(俺は負けたんだ。負けたくせに代償を支払わないなんて、負け犬以下じゃねえか……!!)

 カイジは裸のままどっかりと胡座をかき、ぶっきらぼうに言った。
「……悪かったよ。オレも男だ、もうひぃひぃわめいたりしねえから、やれよ、続き」
 アカギは横目でカイジを見ながら、煙を吐き出す。
「やれよ、って言われてもね。もう、興が削がれちまった」
 灰をビールの空き缶に落とし、ニヤリと笑う。
「カイジさんがその気にさせてくれるなら、話は別だけど」


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