ひと夏のおもいで・2(※18禁)
「偶然、あんたを見かけたからさ。ついてきたんだ」
アカギはふうと煙を吐き出し、自分とできるだけ距離をおくようにベンチの端に腰かけるカイジを見た。
「なんか、元気ない?」
「へ?」
いきなりの問いかけに、答える声がひっくり返る。
「い、いやぁ、べつに?」
『半分はお前と出くわしたせいだよ』とは口が裂けても言えず。
この前ホテルに連れ込まれた時の記憶が生々しく、カイジはアカギの顔が見られない。キャップのつばで顔を隠すようにしたまま、蛇に睨まれた蛙のように縮こまり、ひたすら地面を見詰め続けている。
暑くもないのに汗が額から流れ、ああ、これは冷や汗だ、とカイジは妙に冷静に思う。
アカギはそんなカイジを鼻白んだような顔で眺める。深く吸い込んだ煙草の煙を、吐き出すついでのように言った。
「慰めてやろうか、オレが」
アカギらしからぬその物言いに、カイジは若干の違和感を覚える。
だがどう好意的に捉えても穏やかならぬその申し出を、カイジはばっさり切り捨てる。
「いらねぇ」
「クク……まぁそう言うなって……」
大きく距離を詰められてビクリとするカイジだが、ふと鼻を掠めたある匂いに、思わずアカギの顔を凝視する。
一見するとアカギの様子はいつもと変わらない。
だがよく見ると、血の気の乗らない白い頬が、刷毛ではいたようにごく薄い朱に染まっていて、それが首元まで伝播している。
それに、じとりと湿っぽく剣呑な目付き。
こいつ……酔ってやがる!!
アカギがうわばみであることはカイジもよく知っている。そのアカギが、はっきり見た目でそうとわかるほど酔っている。
さきほどの物言いも、酔っているせいだと考えれば合点がいった。
アカギの体から漂う甘辛いようなアルコール臭に、カイジまで噎せ返りそうになる。 一体、どのくらいの量呑んでいるのか、見当もつかない。
「お前っ……酔ってるだろっ……この昼間っからっ……」
「あらら、ばれちゃった」
アカギは機嫌の良い猫のように喉を鳴らして笑った。更にカイジに近づき、声を潜めて言う。
「オレもさ。つまらねぇ博奕打ったせいで、気分が腐って仕方ねぇんだ。
晴れねぇんだよ。酒なんかじゃ、ぜんぜん」
あぁ、それでか、とカイジは妙に納得する。アカギがこんなにも酔っぱらう理由など、退屈の憂さ晴らし以外に考えられない。
「だからさカイジさん、オレのこと慰めてよ。オレもあんたのこと、慰めてやるから」
そのアカギの発言で、急転直下、話の雲行きがあやしくなり始める。意図的に細められた目は、完全に狩るもののそれだ。
慰める、という言葉に含まれる不穏な意図を察し、カイジは逃げ腰になった。
「こ、断るっ!」
「あんたの意思なんて関係ねぇんだよ。いい加減悟れ。ぐだぐだ言ってるとこの場で犯すぞ」
苛立ちを隠さない声にカイジの心臓が縮み上がる。
どんな荒唐無稽なことだって、今のアカギなら本当にやりかねない。なにせ酔っているのだ。
「くっそ……」
どうすることもできずにギリギリと奥歯を噛み締めるカイジの腕を掴み、アカギはニヤリと笑った。
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