爛れる 短文

 ――煙草の火の温度は、約800度にもなる。

 いつか、歩き煙草禁止の啓蒙広告で見た、そんな文句をカイジは思い出していた。



 雀荘。アカギが賭け麻雀をするのを見ている。
 迷うことなく牌を切っていく背中。牌を持ち上げ、叩きつけるときの、肩甲骨の動きを薄いシャツ越しに見ながら、マルボロに火を点ける。

 アカギは一見、勝負事に冷めているように見える。たとえ命の掛かっている勝負であっても、その表情は滅多に揺らぐことがなく、傍目にはクール過ぎるくらいに映る。
 だがカイジにははっきりと見える、その背中に溢れる闘気が。冷静さで鎧われたその心は、本当は誰よりも熱いものを秘めているのだ。

 外見だけでは熱そうには見えない、しかしその実、驚くような高温で燃えている。
 そう――アカギは煙草に似ている。カイジはそのときそう思った。

 アカギの博奕を見るとき、カイジはたまらない気持ちになる。
 アカギの熱さはひたむきに、目の前の勝負にのみ注がれている。そのことにゾクゾクする。カイジにも覚えのある感覚。 一度味わえば二度と忘れることのできない、タチの悪い麻薬のような。その只中にアカギが今、いるのだということに、いてもたってもいられなくなる。
 その熱に触れたいと思う。自分に向けられたらと望む。勝負の行方なんて、気がついたら眼中にない。

 アカギの一挙手一投足に、カイジの体が熱くなる。まるでアカギの熱が体にうつっていくように。
 それは生死をやり取りするような博奕への渇望だったが、やり場のない熱はアカギへの欲情という形に変換され、カイジの心を痺れさせる。



 勝負を終えたアカギが、対戦相手とおざなりにやり取りするのを、カイジはぼんやりと聞き流す。
 受け取った金を乱暴に鞄へと捩じ込みながら、カイジのもとへと歩いてくる、その黒い瞳も欲情に濡れている。足りない、言葉よりも雄弁にそう告げている。
 アカギもまた、勝負で逃がしきれなかった熱を体に渦巻かせているのだ。

 目と目が合えば、お互いなにを求めているか、言葉にするまでもなく。
 只々、相手の飢えた瞳が、燃える体を熱風のように煽った。








 縺れるようにして、その雀荘の、薄暗いトイレの個室に雪崩れ込む。
 二人して息を弾ませながら、獣のように獰猛に求めあう。

 歯があたるのも構わずに、競うようにして互いの口内を貪る。息継ぎのため、唇の一瞬離れた隙に、お前は煙草に似ていると、囁くようにカイジは言った。
 続きを欲して舌を伸ばすカイジに、アカギはうっそりと笑う。
「それって……、オレに依存してるって意味?」
 額と額をくっつけたまま、アカギはカイジの瞳を覗きこむ。
「煙草をやめられないみたいに、あんた、オレなしじゃ生きられないってことでしょ」
「ぬかせ。自惚れんな、アホ」
 と、乱暴にいなしてはみたものの、アカギの軽口はあながち間違いではないと、カイジは思っている。
 持ち寄った熱が火傷しそうに熱い。触れあった体の部分から溶けてしまいそうだ。それなのに欲しくてたまらない。
 そう遠くない日、自分も必ず身を投じることになるだろう、身を焦がすような狂気。アカギの熱にあてられて、こんなことをしている間は、その感覚を追体験できるような気がしていた。

 全身が焼け爛れていくような、目が眩むほどの鮮烈な熱。
 もっと欲しい。もっと。わけがわからなくなるくらい。

 会話する間も惜しく、カイジはアカギの胸ぐらを掴んで強く引き寄せた。





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