黒い犬 過去拍手お礼

 対面の男が自分に浴びせかける嗚咽混じりの罵声を、アカギは冷ややかな顔で聞いていた。
 もはや自分の足で立てなくなっているその男は、黒服たちに脇を抱えられずるずると連行されていく。
 男の手の中から麻雀牌が二、三個、未練がましく落ちて畳の上を転がった。
「やったな、アカギっ……!!」
 安岡はアカギの肩を叩いたが、アカギはそれを無視し、一人の男を地獄に叩き落としておきながら、あまつさえ大欠伸などしている。
 いつもながらの傲岸不遜ぶりにため息をつこうとして、安岡はふと気づく。


 その首筋の、薄い皮膚の上。
 シャツの隙間から、ちらりと覗いたものがあった。


「色っぽいもんつけてるじゃねえか」
 帰りの車の中、安岡は隣に座るアカギに話しかけた。
 下世話な笑みがなにを示しているかすぐに察し、アカギは軽く苦笑する。
 その様子から気分を害していないと見てとって、安岡はもう一歩踏み込んだ質問をしてみる。
 
「女か?」
「……いや、」

 そこにあるものを確かめるように、アカギはするりと自分の首筋に触れる。

「犬、かな」
「犬?」

 安岡は怪訝な顔になる。

 白い首筋にくっきり残る赤い痕は、どう見ても人間の歯形だった。
 よほど強く噛まないとああは残らないだろう。たしかに、獣じみてはいるが――

 アカギはくぐもった笑いを漏らす。

「野良さ。最近よく見かけるようになった、黒い野良犬。噛み癖の悪いヤツで、ちっとも懐こうとしねえんだ」
「……ふーん」

(犬、ねぇ)

 安岡は見逃さなかった。
 退屈そうだったアカギの瞳が、勝負の時に見せるような充実した色に変わったこと。

(いったい、どんな『野良犬』なんだか)

 悪漢のお眼鏡に叶ったらしいその『犬』の姿に、安岡は想像を巡らせてみた。



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