マフラー・2


 そのまま、なんとなくふたりとも無言のまま、いつも別れる場所へきた。
「あ、そうだ」
 カイジはポケットから袋を取りだし、しげるに押しつける。
「そうだ……これ、お前にやるよ。パチ屋でもらったやつ」
「……」
 しげるは一瞬、虚を突かれたような顔をした。袋をしばらく眺めたあと、カイジに視線を移す。
「……なんで」
「なんでって、」
 しげるの視線がひたと自分に固定されたまま少しも揺るがないので、カイジは無意識にしげると距離をとる。
「なんとなく……ポケットに入れてたら溶けそうだし」
 それにガキは甘いもん好きだろ、と余計なことを口走りそうになるのを、カイジ咳払いをひとつして抑え込んだ。
「じゃあ、またな」
 余計なものがなくなったポケットに深く手を突っ込んで、カイジはしげるに背を向けた。

 と。
 突然、なにかが首にふわりと絡み付き、次の瞬間きゅっ、と締め上げられた。
 ぐぇ、とカエルの潰れたような声が喉から漏れる。
「……!?」
 締め上げる力はすぐに緩んだ。なんの脈絡もない奇襲攻撃にバクバクなっている心臓のあたりを押さえ、カイジは勢いよく振り返る。
「てめぇ、いきなり何しやがるっ!」
 カイジの真後ろに立っていたしげるは、カイジの剣幕に表情を少しも変えずに言う。
「礼だよ。チョコレートの」
「は」
 思いもよらない言葉が返ってきて、カイジは口を開けたまま固まった。
 首元を触ると、さっきまでしげるの首に巻かれていたマフラーがきつく巻かれている。
 しげるの行動の意図をやっと理解したカイジは、急に顔が熱くなってくるのを感じ、慌てた。
 文句を言おうとしたのに言葉がでてこない。内心の動揺を悟られまいと、マフラーに顔を埋めるように俯く。雀荘で染み付いたのか、自分とは違うタバコのにおいが鼻を掠めた。
「……これ、どう考えても割に合わねえだろ」
 吐いた息があたたかく籠るマフラーを触りながら、ぼそぼそ言う。なんだか拗ねているような声が出た。
「さっきの……パチ屋のサービス品だし。端玉景品ですらねえのにさ」
「でももう、カイジさんにあげたんだから、今さらオレに返されてもどうしようもない」
 マフラーを解こうとするのを制するようにぴしゃりと言われ、カイジの手が止まる。
 しげるはカイジの方をちらりと見て、
「カイジさんがいらないんなら、捨てるよ」
 あっさりそう言った。
「あのなぁ……」
 カイジは大袈裟にため息をついた。でも、しげるが譲らないことを悟ったのか、マフラーを返すことは諦めたらしい。渋々、といった様子でポケットに手を戻すカイジに、しげるは笑みを深くした。
「ふふ、ものわかりがいいね」
「お前さ……、こういうことは、女にやれよ……」
「おんな?」
「男にこんな……、おかしいだろっ……」
 カイジはちらちら周りを気にしながら、声を低くして言う。
 しげるはふっと笑い、
「男、とか関係ない。カイジさんだからするんだよ」
 と言った。
 カイジは気恥ずかしさが押し寄せてくるのを抑えきれなかった。今さら、チョコレートなど渡した自分がものすごく恥ずかしいことをしたように思えてきて、きつく巻いたマフラーを巻き直すふりをして平静を装った。

「あ、そうだ」
 そんなカイジの様子に気付いていないのか、いかにも妙案を思いついた、というような口調でしげるが言う。
「割に合わないって気にするんならさ、今日、カイジさんち泊めてよ」
 ひさしぶりにカイジさんと遊びたいな、と言うしげるに、特に断る理由もなかったが、カイジは少し勿体つけるように答える。
「……いいけど。なんもねえぞ。散らかってるし」
「いつものことじゃない」
 カイジが眉を寄せると、しげるは珍しく声を上げて笑った。
 やけに機嫌がいいな、と思いながら、「コンビニ寄って帰るぞ」と言って、歩き出す。相変わらず風は強かったが、マフラーのおかげか、先程より寒さを感じなかった。
 長かった冬もそろそろ終わりに近づいている。



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