マフラー・1 ほのぼの
カイジがパチ屋から出ようとすると、店の制服を着た若い女性が小走りで駆け寄ってきて、どうぞ、と小さな袋を差し出した。ピンク色のリボンがついた、透明な袋。
カイジが顔をあげると、その女性はとびきりの笑顔でこう言った。
「ご来店ありがとうございました! 本日、こちらサービスさせていただいております!」
そしてカイジがなにか言う前に、さっさと次の客の方へ行ってしまった。
手に握らされた袋に目を落とす。中にはチョコレートがいくつか入っている。アルファベットの模様がある、徳用のひとくちチョコレートだ。
これは、今日も今日とてボロ負けしたカイジの、唯一の戦利品になった。
(そうか……、今日は十四日……)
興味も縁もなかったから、すっかり忘れていた。思い出した途端、妙に侘しくなった。
店の外に出ると、見計らったように吹いてきた木枯らしが骨身に応える。今着ているシャツも上着も、かなり前に買ったもので、かなり着古しているせいか着ていてもあまり暖かくない。
勝ちさえすればいくらでも新調できるのに、ボッタ店め、と心のなかで口汚く罵って、チョコレートを上着のポケットに突っ込む。ぐしゃりと袋の潰れる音と同時に、カイジの口からため息が漏れた。
「あ」
白く留まった息の向こうに、見知った後ろ姿を見つけた。
思わず、声をかける。
「おい、しげるっ」
立ち止まり、振り返ったしげるはカイジを認めると、無表情を崩してわずかに口角を上げた。
「偶然だな。今、帰りか?」
「うん。カイジさんも?」
カイジは頷いて、しげるの隣に並ぶ。
全体的に薄着なカイジとは対照的に、しげるは暖かそうな黒いコートに紺のマフラーまでしている。しげるの格好を見ていると、体感温度がまた下がった気がして、カイジは大きく身震いした。
「お前、あったかそうな格好してるな」
「カイジさんは、なんでそんな薄着なの。そんなに金ねえの」
「ほっとけ」
くだらない応酬をしながらしばらく歩く。冷えきった手をポケットに突っ込むと、さっき貰った袋に手が当たった。
(そういえば……)
カイジはしげるを横目で見て、できるだけ軽い調子で聞いてみた。
「お前ってモテるだろ。やっぱ、貰ったりすんの」
しげるは一、二度瞬きし、問い返す。
「なにを?」
「……チョコレート」
「……あぁ、」
しげるはやっと得心したように軽く頷いて、
「ないよ」
と言った。
「学校で、とかは?」
まともに学校へ行ってすらいないことは想像できたが、一応聞いてみる。
案の定、しげるは首を振り、
「今日は朝からずっと麻雀してた」
とつけ加えた。
ふうん、と返事をしながら、カイジは内心ほっとしていた。
しげるの浮いた話はカイジにとってあまり面白いものではないし、しげるも自分と同じように一日を過ごしたのだと知って、惨めさがやや紛れる気がしたのである。
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